『赤を見る』

 今日はニコラス・ハンフリー(柴田裕之訳)『赤を見る 感覚の進化と意識の存在理由』(2006年、紀伊国屋書店)を読みました。

 本書は人間の意識が「それほど重要ではない」ことを明らかにした業績です。「重要ではない」とは意識の活動は感覚の活動であるという意味です。つまり、脳内の物質的な作用が人間の意識を作り出しているのであり、意識は単なる生物学的現象にすぎないと言います。また、「それほど」とは、だからといって、意識の重要性はなくならないということです。なぜならば意識が重要であるのは、重要であることがその機能であるからです。

 感覚によって意識が生み出されることは、一人芝居の電話を例にして説明されています。舞台には電話をしている役者しかいませんが、その人の話し方や表情から、私たちは実際には見えていない相手の表情や、聞こえていない相手の発言を想像することができます。これは他人が感覚していることを自分の経験として感覚することで、他人に生じているであろう意識を自分のなかにも生じさせているためです。感覚を制御することで意識を操作しています。

 その一方で、こうしたことが可能であるのは、感覚を感じている経験を感じている自分がいるからです。それが意識の役割です。外界から刺激を受けて感覚が生じている自分自身を見ることが意識の役割です。局所的な感覚が繰り返され、神経回路を何度も通ることで、意識が形成されてきたことが、生物の進化の過程を振り返りつつ説明されています。意識は、したがって、進化の過程で発達させていた機能なのです。

 自分自身の身体を、そして、自分自身という存在を感じる意識があるからこそ、自分自身を大切だと位置づけることができます。自分の価値を認めることが、同様に他人の価値も認めることになります。自己が人生で追い求め続ける価値を自らのなかに作り出しているのが価値です。だからこそ、意識が感覚の産物に過ぎなくても、「意識が重要であるのは、重要であることがその機能である」のです。意識とは何かを問い続けることが重要です。

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benyamin ♂

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