『生きた貨幣』

 今日はピエール・クロソウスキー(兼子正勝訳)『生きた貨幣』(2004年、青土社)を読みました。

 正直に言いますが、まったく内容がわかりませんでした。荒唐無稽で馬鹿らしくて理解できないのではなく、言わんとすることが複雑すぎて読み取れないのです。本書は訳本ですが、翻訳の精度に問題があるわけでもありません。おそらく私の認識水準では太刀打ちできない本なのでしょう。久しぶりにこのような本に出会いました。

 わからないと言っても、最終的な主張は読み取れます。それは、生きた人間を貨幣として使うべきだ、というものです。これは奴隷としての人間のことではありません。普通の人間です。男には女の体で、女には男の体で、対価を支払うことが本書では提唱されています。

 本書によれば、人間は快楽を交換し合っています。財は快楽を消費するための媒介です。それを貨幣を通じて手に入れています。いわば、人々は財や貨幣を媒介に快楽を生産し消費しているのです。だとすれば、快楽を直接的に消費し合うほうが真実の人間関係を構築できるのではないかと本書は主張するのです。

 と、一応はまとめてみましたが、まったく自信がありません。いわゆる「体で払う」ことの正当性を理論的に明示しているのでしょうか。それ自体は面白い視点です。私もいかんともしがたい時に、これを体で払えたらなぁと思うこともあります。が、本書の内容がそれほど単純ではないとも思います。

 なお、本書には著者による素描や写真家ピエール・ズッカによる写真が挿絵として掲載されています。モデルは著者の妻です。もちろん、これらの作品も何を表現しようとしているのかわかりません。私にも手がつけられない領域があることを突きつけてくれた本でした。つくづく嫌になりました。

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benyamin ♂

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