覚書 080930

「特集 最低賃金制度をめぐる欧米諸国の最近の動向」労働政策研究・研修機構『海外労働情報』2008年9月25日。
・近年、経済のグローバル化や市場経済の競争激化等の中で、社会的セーフティネットの1つである最低賃金制度の重要性が増している。我が国でもワーキングプアなど格差の解消の観点から注目度が非常に上がり、各界で様々な議論を呼んだ。昨年末には、最低賃金が低賃金労働者の労働条件の下支えとして十全に機能するよう所要の法改正が行なわれたところである。欧米諸国においても最近、期を合わせるように最低賃金制度をめぐる熱い議論が行なわれている。
・イギリスでは、同国では旧制度による特定業種・職種の最低賃金が1993年に廃止された後、政府による賃金規制のない期間があったが、労働党政権下の1999年に全国一律の法定最低賃金が導入された。その歴史はまだ10年あまりと短いが、労働党はこの最低賃金制度を最も成功した政策の1つとして自ら評価している。最低賃金額の設定が最も懸念された雇用面などへの影響を配慮して行なわれてるほか、実際上の決定機関である低賃金委員会が調査研究を通じて現状把握につとめるなど調整機能を十分果たしていることから、これまでのところ最低賃金制度を大きく見直すような動きは出ていない模様である。
・労使自治の原則が労使関係に浸透していたイギリスでは、政府による賃金政策は、労使間の合意による賃金決定を補完するためのシステムとして位置づけられ、保守党政府が1993年に制度を全廃するまで、公労使で構成する賃金審議会が、低賃金部門に限定した最低賃金額の決定や労働条件の設定に関する提案などを行なってきた。
・労働党政府が1999年に導入した全国最低賃金制度は、この方針を転換するものといえる。新たな全国最低賃金制度は、原則すべての産業および地域を一律の最低賃金額でカバーし、また自営業者のうち従属的な就業形態の者も新たに適用対象に含めるという内容だった。適用範囲の広さにおいて、従前の賃金審議会制度と大きく異なる。
・政府の最低賃金制度導入の意図は大きく2つあるといわれる。ひとつは、低賃金層の賃金水準の適正化により貧困問題に対応することで、これには93年の賃金審議会の廃止以降に低賃金層の賃金水準が顕著に低下し、賃金格差が拡大したことが重要な要因となっている。とりわけ、90年代までにかけて戦後最悪といわれるほどにまで急速に増加した貧困家庭の児童の問題が念頭に置かれていたという。同時に、財政上の問題も制度導入の強い動機になっている。保守党政府が88年に、就労連動型の給付制度(in-work benefits)として導入した家族税額控除(Family Credit)は、一定時間以上の就業を条件に所得補助(税還付)を行なう制度で、貧困層の就労促進や貧困児童の問題を緩和する効果があったといわれる。しかし、賃金水準の下限が撤廃されたことにより、多くの雇用主が従業員の賃金を抑制して、この制度を最大限利用させるという傾向を生んだという。結果、受給者の拡大とともに、財政負担が急激に増加したため、妥当な水準の賃金の支払いを、応分の負担として企業に課すことが最低賃金制度導入の重要な目的として示された。同時に、最低賃金制度は政府が実施している「福祉から就労へ」という就業促進プログラムの一環として位置づけられ、低所得層への就労に関連付けた税額控除制度の実施とならんで、失業者や無業者などにとって就労が魅力的となるような賃金・所得に関する施策ともなっている。
・なお、現在の最低賃金額の水準は、総じて所得補助や求職者給付など各種給付制度の支給額より高く、このため基本的には給付水準と最低賃金額が関連付けて論じられることはない。
・最低賃金制度の導入は、低賃金層の賃金水準の改善を通じて、所得の再分配効果をもたらしたとの見方が一般的だ。また、賃金水準に関してその恩恵を最も被ったのは、低賃金層の半数近くを占める女性パートタイム労働者であるといわれ、この層の賃金水準の改善を通じて、男女間の賃金格差の縮小につながった。
・制度導入に際して保守党や企業などが主張した雇用に対するマイナスの影響や、若年層に労働需要がシフトすることにより、基本賃率を適用される22歳以上層の労働者が職を失うといった懸念は、長期的な景気の好調に支えられて拡大しており、雇用状況はむしろ若年層において若干の悪化がみられる。低賃金委員会は、労働力調査のデータから、この数年の雇用増の大半は最賃の影響をより受けやすいとみられる小規模企業において生じている、と説明している。また、企業の収益や生産性に対する悪影響は観察されていないと報告している。
・ただし、長期的な景気拡大が踊り場に差しかかっているとの認識から、低賃金委員会は近年、最低賃金額の大幅な引き上げに替えて、企業におけるコンプライアンスを高める方向に提案内容の力点をシフトさせている。最低賃金制度の遵守状況については、未満率の低さや摘発件数の少なさなどから概ね良好との見方が一般的だが、歳入関税庁による履行確保体制は非常に限定的であることもあり、必ずしも実態が正しく把握されていないとの指摘もある。また、外国人労働者や派遣労働者などの立場の弱い労働者(vulnerable worker)に対する違反は近年増化傾向にあるともいわれる。
・政府も、履行確保を重視する意向を示しており、歳入税関庁の監督官の増員や広報活動などによる制度の周知徹底を実施しているほか、派遣労働者や外国人労働者などの立場の弱い労働者に対する搾取の問題への対応についての議論も進めている。例えば住居費等の賃金からの徴収に関するルールの厳格化や、最低賃金違反に対する即時の罰金の適用および罰金額自体の引き上げ、監督官の権限の拡大などが検討されている。加えて、これまで最低賃金の範囲とみなしてきたチップ(雇用主によって賃金の一部として支払われる場合)について、来年中にはこれを除外するとの方針を先ごろ示したところだ。
・覚書注:誤字脱字が多い文章である。低賃金委員会(正しくは、)や歳入税関庁(同じく、)などは単なる不注意では済まされない間違いだろう。他にも、「恩恵を被る」という不思議な日本語が登場する。

西村陽造「住宅バブル崩壊と英国経済 英国住宅市況が直面するのは長い下り坂?」国際通貨研究所『国際金融トピックス』No.162、2008年9月8日。
・2006年の英国の財貨・サービスの貿易の5割弱は対ユーロ圏で、対米は2割弱に過ぎないにもかかわらず、景気展開では欧州よりは米国との連動が強いのはやや意外である。しかし、英米の間では直接投資がフローでも残高でも双方向的に大きく、それが両国経済を深くリンクさせているのだろう。相互的な直接投資は90年代以降ひと際拡大した。
・2007年半ばの米国サブプライム危機をきっかけに、住宅バブル崩壊による景気減速傾向が強まっている。今のところ住宅ローンの支払遅延率では、英国は米国を大きく下回っており、上昇ペースも緩やかである。ピーク時の住宅投資のGDPに対するシェアも、米国は約6%であるのに対して、英国は3%台半ばである。しかし英国の住宅価格は、これまでの長い住宅ブームによる価格上昇で、割高感が高い。
・サブプライム危機を契機に、英ポンド相場は2007年夏のピーク時から対ドルで9%、対ユーロで16%下落した。IMFの試算では、それでもまだ趨勢的な均衡水準からは約5〜10%、英国ポンドは過大評価(割高)であるが、ポンド相場の下落はタイムラグを伴いながらも、経常収支赤字の縮小に貢献するだろう。
・現局面では、財政赤字削減策と並んで、家計部門の貯蓄・投資差額(貯蓄不足)の縮小が、経常収支赤字に有効である。住宅ブームは住宅投資を押し上げ、資産効果を通じて家計貯蓄率を押し下げる効果があった。米国のサブプライム危機を契機にした英国住宅ブームの終焉は、家計貯蓄率を上昇させる効果がある。すなわち、国内の景気減速の代償は伴うものの、家計部門の貯蓄投資差額(貯蓄不足)の縮小を通じて、対外的な不均衡(経常収支赤字)の縮小に貢献する。実際、経常収支赤字の対GDP比は、四半期ベースで見ると、2007年第3四半期の5.4%をピークに、同年第4四半期2.8%、2008年第1四半期2.5%と縮小している。
・なお、英国は対外純債務国で、2007年末の対外純債務はGDP比25%と米国よりも高い。ところが、対外債権・債務から生じる投資収益の受取・支払の収支である投資収益収支は依然として若干ながら黒字で、2007年でGDP比プラス0.4%であった。これは米国と類似した構図である。すなわち、対外債権からの投資リターン(英国の受取り)が対外債務のリターン(英国の支払い)より高い結果である。

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benyamin ♂

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