田母神論文

 今日は田母神論文です。

 正式名称は田母神俊雄「日本は侵略国家であったのか」です。アパグループの第1回「真の近現代史観」懸賞論文で、最優秀藤誠志賞を受賞した論文です。論文そのものはこちら(PDF)から読むことができます。

 マスコミでは評価が低い論文ですが、本当に批判すべき論文なのか、危険思想に満ちた論文なのか、自分の目で読んでみることをお勧めします。全部で9ページ程度の論文ですから、それほど手間取らずに読めるでしょう。

 本論文の内容は4点に集約されます。1. 当時の列強諸国のなかで日本だけが侵略国家と言われている。2. 列強諸国とは違い日本は植民地である朝鮮や台湾の開発に取り組んだ。3. 日米開戦はアメリカによって仕掛けられた罠にはまった結果である。4. 東京裁判史観に支配された日本では自分の国を守る体制すら整備できていない。以上の4点です。

 簡単にまとめただけでも、この論文の主張について一体何が問題なのか、強く疑問に思うことでしょう。マスコミで槍玉に挙げられている、日本は侵略国家ではない、とか、自衛隊の決起を促している、とか、そういった叙述は一切ありません。

 上記の1についても、日本は侵略国家ではないと言っているのではなく、同じことをしていた列強諸国と日本の違いは何かを問うているだけです。日本を侵略国家と規定するなら、列強諸国も侵略国家と言うべきである、という内容です。

 マスコミで展開されている田母神論文への批判は、意図的な曲解による揚げ足取りでしかありません。お得意の手法です。論文の内容をまずは素直に読んで理解するという当たり前の作業ができていません。その意味ではマスコミの議論は検討に値しないと思います。

 ただ、その一方で、田母神論文にも限界は多くあります。内容云々の以前に、これは論文ではありません。論文とは既存研究の批判から導き出される自らの意見を実証的に検証していくものです。田母神論文にはそれがありません。

 例えば、東京裁判史観を批判することを主軸とし、当該史観の典型的な内容とそれへの批判研究をまとめる作業を冒頭で行なうべきです。その上で、新たな見地である自説を提起し、それを丁寧に実証的に叙述していく必要があります。

 しかしながら、田母神論文では、そうした作業は難しいでしょう。なぜならば、内容に独創性がないからです。これも本論文の限界です。論文の内容はネットで散見される事柄をまとめたに過ぎません。これでは論文としての価値はありません。

 また、論点が散漫であることも論文としては問題です。上記で挙げた4点は相対的に独立しており、それぞれ別個に検討すべき論点です。総括的に論じることもできますが、その場合、中心的論点をどれにするのか、明確にしなければなりません。

 題名も曖昧です。疑問系の題名は論文では不可です。主張内容を明示する箇所である題名で何を言いたいのかがよくわからなくなっています。これは本論文で田母神さんが提起したい内容が、彼のなかでもはっきりしていないことが原因でしょう。

 ゼミの学生が田母神論文のような論文を提出してきたら、指導教官はおそらく受理しないでしょう。内容以前に論文としての要件を満たしていないからです。キミ、これはエッセイだよ、と言って突っ返すと思います。

 したがって、田母神論文を批判するとすれば、これは論文ではないという点です。自分の言いたいことを一方的に書いただけです。それが許される分野もありますが、論文を名乗る場合には、相応の叙述形式が要求されます。

 田母神論文に最優秀賞を与えたアパグループも批判されるべきでしょう。懸賞論文を募集しているにも関わらず、論文ではないものを受賞対象にしています。これ以外に応募されたものも、おそらくは論文ではないでしょう。

 いずれにしろ、論文ではないという点が田母神論文の限界です。内容については頭ごなしに批判するものではなく、真摯に検討する作業が求められるでしょう。例えば、日本はアメリカに騙されただけだ、という点はさすがに公平ではない主張です。

 もっとも、内容について正面から検討しようとするマスコミは今のところいないようです。マスコミには検討できないような難解な論点なのでしょうか。それとも、検討したくない問題なのでしょうか。役に立たない連中です。

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MSN産経ニュース 2008.11.28 01:34
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081128/plc0811280138001-n1.htm

田母神前空幕長インタビュー「自国を悪く言う外国人将校に会ったことはありません」

 先の大戦を日本の侵略とする見方に疑問を示す論文を公表し、更迭された航空自衛隊の田母神俊雄・前幕僚長は27日までに産経新聞のインタビューに応じ、心境を語った。(野口裕之)

 −−論文騒動から約1カ月経過したが

 このような大騒ぎになって解任される事態になるとはまったく予想していませんでした。判断力がなかったといわれればそうかもしれません。しかし、弁明の機会も与えられぬまま『辞表を書け』と言われたときに考えたのです。文民統制だからクビを切られるのは構わないが、辞表を書くのは自分が間違ったことをしたと認めることになると。辞表を書かねば懲戒処分にかけたい、といわれたので『結構です。ぜひやってください』と言いました。

 −−懸賞論文を書くきっかけと時期は

 懸賞論文の存在は知っていましたが、書く気になったのは自衛隊の支援者に薦められたからです。職務に関するものではないので、通知義務はないと理解し、渡米した8月15日より前に書いて送りました。官房長との雑談で投稿を話したのは15日より前でしたが、通知しようとしたのではありません。論文で言いたかったのは、米露英仏などが侵略国家といわれないのに、なぜ日本だけがいわれるのか。よその国が侵略国家でないなら、日本も侵略国家でないということが言いたかったのです。

 −−論文執筆で「村山談話」は念頭にあったか

 村山談話に強い違和感を覚えていましたが、在任中は講演でも批判をしたことはありません。論文でも村山談話には触れていません。直接的な批判でなければ、談話と異なる見解を表明しても構わないと思っていました。もし村山談話に沿わない意見を言うことができないならば、言論弾圧の道具といえるのではないでしょうか。談話があるために、自由にものを言えない雰囲気があり、外交文書にも引用されている。日本は自ら手足を縛って、外交をする前に負けている。退官した今は、こんなものはぜひなくしてもらいたいと確信を持って言います。再検討の動きすら政治にないのはおかしなことです。

 −−更迭への思いは

 変なのは『日本は、侵略国家ではない。よその国に比べてよい国だった』と言ったら、『日本は政府見解で悪い国となっている』との理由でクビにされたことです。裏を返せば『日本はろくな国でなかった』と考えている人を、航空幕僚長にせよということではないか。外国の将校は、まず自国を弁護する。自分の国を悪く言う外国人将校に会ったことはありません。

 −−航空自衛隊のトップは、どこまで発言が許されると思うか

 空自トップですからある程度、『表現の自由』に制限があるのはやむを得ないでしょう。しかし、憲法では『思想・信条の自由』が保障されているわけで、政府見解から逸脱することを一切言ってはいけない、というのは民主主義社会ではないと思います。

 −−11月11日の参議院外交防衛委員会で参考人招致されたが

 国会で私の意見を正々堂々と述べようと思っていました。しかし、民主党の北沢俊美委員長は私が話す前から発言を制限した。だったら何のために私を呼んだのか。私から発言を引き出して政府や防衛相を攻撃する格好だった。言論の自由を掲げる立法府とメディアがそろって異なる意見を封じ込めようとした。立法府とメディアの自殺行為ではなかったでしょうか。

 −−各党の対応をどう見たか  野党は政府を攻撃したいだけで、『日本の国益がどれだけ損なわれようと知ったことはない』といった風でした。国益が党利党略の犠牲になるのはいかがなものでしょうか。民主党の鳩山由紀夫幹事長は、私や懸賞論文を主催したアパグループの元谷外志雄代表との会食を中座したように言っていますが、まったくのウソですね。鳩山さんと相当の時間、楽しく懇談させていただきました。自民党も『左』に寄ってしまいました。左をなだめようと左に少し寄ると次の出発点はそこになる。これを繰り返していると日本に保守政党がなくなってしまう。

 −−「左」の陣営を勢いづかせたとの批判もある

 55年体制の時代から、左をなだめるために発言を控え、ちょっと彼らの言い分を飲む、というやりかたでやってきたが、日本は良い方向にはきてない。私の論文が左を勢いづかせたという人は、今までと同じように対応しなさいといっているに等しい。

 −−「文民統制崩壊か」という議論が国会やメディアでも盛んだったが

 ほとんどは、文民統制の意味を理解していないものでした。文民統制の根幹は、外交問題などが生じたときに、軍を使って解決するかどうか、その決定権を政治が握っているということです。民主主義国家では戦闘機や戦車、護衛艦、隊員の数は、政治のコントロールを受けて決まります。そのモノとカネと人を使って最強の軍隊をつくるのはミリタリーの専門分野だと思います。防衛省には内部部局(内局=背広組)がありますが、日本ほど、文民統制が細部まで徹底している軍隊はないでしょう。

「この国のために命をかけることが正しいんだという気持ちがないと軍は動けない」

 −−監察などによって自衛官の言動に対する監視が強まっている

 私の一件をきっかけに、防衛省の内局が自衛官の歴史観や思想信条について政府見解に合致しているかをチェックするのだとしたら、それは軍隊を精神的に解体することです。自衛隊の士気を下げ、きっと中国や北朝鮮は大歓迎していることでしょう。軍隊は、自分の命がかかればかかるほど、使命感がなければ動けなくなる。使命感とは、自分たちがやっていることが正義なんだ、という気持ちです。この国のために命をかけることが正しいんだという気持ちがないと軍は動けない。その根本には愛国心があると思います。この国は残虐でろくな国じゃなかった、お前たちは力を持ったらすぐ悪人になるんだ、と言われたんでは使命感は生まれようがない。

 −−田母神氏の発言をとらえて、すぐ「戦前は軍が暴走した…」となる

 そういう人たちはよっぽど日本人、つまり、自分自身が信用できない人なのではないでしょうか。あるいは、文民統制に自信がないのかもしれません。政治が少しの異論も許さない言語空間に閉ざされていれば、国は弱くなります。徹底的に非核3原則を堅持すべきだという意見もあっていい。だけど民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。核兵器を持たない国は、核兵器を持った国の意思に最終的には従属させられることになりかねない。

 −−核問題では、北朝鮮に振り回されている

 北朝鮮が核兵器を持ちたがる理由は、1発でも米国に届く核ミサイルを持てば、北朝鮮を武力で制圧するのは、絶対できなくなるからです。そういった核兵器についての基本が、日本では議論されたことがない。核兵器を持つ意思を示すだけで、核抑止力はぐんと向上します。逆に、はじめから持たないといっただけで、核抑止力は格段に低下するといったことが政治の場で理解されていない。

 −−日米同盟も変質しない保障はない

 航空自衛隊も少しずつ自立の方向に進むべきでしょう。自前で空軍としての能力を整え、日米が互いに足らない分を協力して補うとことが望ましい。これまでの米国は鉾、日本は盾という考え方は直した方がいい。米国の若者の血は流すが、日本は後ろにいますでは、日米同盟はもたない。

 −−国家と政治家のあるべき姿をどう考える

 善人で国民の安全を守れない国家よりは、腹黒くてもいいから国民の安全を守れる国家の方がよい。性格が良くて無能な政治家と性格が悪くても有能な政治家なら後者の方がよい。この国はどうしてすべてがきれい事なのか。そのくせに歴史認識だけは『自虐史観』です。いつの日か私の論文が、普通に語られる日が来るのを望んでいます。

 −−現在の心境は

 後輩たちが苦労しているだろうなと、その点は本当に申し訳ないと感じています。ただ、色々な批判も受けましたが、落ち込んだことはまったくありません。女房には『おれは野垂れ死にするから覚悟せい』と言いました。

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benyamin ♂

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