『裁判員制度の正体』

 今日は西野喜一『裁判員制度の正体』(2007年、講談社現代新書)を読みました。

 本書の著者は元判事の大学教員です。したがって、法曹界にいた人が裁判員制度について語ることが本書の主要な内容となっています。本書は法律の専門家からも評価が高いそうです。

 とはいえ、あくまで法曹界からの裁判員制度に関する議論を展開していますので、基本的に至極批判的な叙述が満載の本です。裁判員制度に対する批判意見とはどういうものかを知るには良い本でしょう。

 本書を貫く立場は裁判所に一般市民の感覚や意見は必要ないというものです。法律専門家の認識を大きく是とした上で、そこに一般市民の認識を取り入れることを正面から拒否しています。

 裁判員制度導入の理由として、裁判への社会常識の反映があります。本書では冒頭でこれが否定されます。その一方で、裁判に一般市民を巻き込むことが非常識であることが最後まで延々と語られます。

 従来の裁判ではなかったことをしようとしているのが裁判員制度です。したがって、従来の裁判における常識にはそぐわないことは理論的に考えても当然のことです。それを非常識だと一刀両断しています。

 やはり法曹界の人間は一般市民の感覚とは乖離してしまっているなと痛感させられました。本書は逆説的に裁判員制度の必要性を訴えていると言えるでしょう。

 それ以外で目に付いたのは次の2点です。1つ目は、陪審制や参審制との比較です。イギリスやアメリカで採用されている陪審制では陪審員は有罪か無罪の判断を裁判官抜きで行います。参審制はドイツやフランスの制度であり、こちらでは参審員は裁判官とともに有罪無罪の判断だけでなく、法適用、量刑も判断します。日本ではアメリカの陪審制に対する認知度が高く、裁判への市民参加というと陪審制と思われがちですが、裁判員制度は陪審制よりも参審制のほうに近い制度です。

 もう1つは、裁判員の断り方です。本書ではいくつか合法的な断り方が紹介されていますが、最も面白かったのは、裁判当日に酒を飲んでいくことです。酔っ払いは裁判員の解任理由になるようです。手っ取り早くて効果的な方法だと思いました。画期的です。

 ただ、こうした方法を堂々と公開しても良いものなのでしょうか。国旗国歌法が制定されているにも関わらず、学校の始業式や終業式で国歌を歌うなと指導する教師は社会的にも法的にも罰せられます。同じく糾弾されても文句は言えないでしょう。もっとも、裁判員制度は一般市民の間でも批判が広がっていますので、そうした認識を根拠とすれば罰せられないでしょうが。……社会常識の反映という裁判員制度の導入理念がますます至極適切に思えてきました。

 なお、私は裁判員制度を是非とも導入すべきだと思います。節々で繰り返し言っていますが、裁判に一般市民の感覚を持ち込むべきだと考えるからです。

 ただし、現在の裁判員制度は対象となる事件が深刻すぎる点が問題でしょう。死刑や無期懲役を判断しなければならない事件にいきなり裁判員制度を導入するのではなく、まずは身近な窃盗や痴漢などから導入すべきです。そこでの経験を踏まえて、次第に重大事件へと対象を広げていく慎重さが必要ではないでしょうか。

 私は裁判員に選出されたら積極的に裁判に参加したいと思います。

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benyamin ♂

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