覚書 090117

みずほ総合研究所「みずほ欧州経済情報 欧州経済・金融市場の概況」2009年1月号。
・7-9月期に16年ぶりのマイナス成長に陥った英国は、10-12月期に一段と悪化したとみられる。GDPのおよそ6割超を占める個人消費の動向をみる上で注目されるクリスマス商戦は不冴えであったことが報道等で伝えられている。住宅価格下落による逆資産効果、雇用・所得環境の悪化、消費者マインドの悪化を背景に、12月から実施された付加価値税(VAT)引き下げ効果は限定的のようだ。CBI小売販売指数をみると、12月がマイナス55(前月比マイナス9Pt)と、1983年の統計開始以来の最低水準を更新した。4-6月期から減少が続く実質個人消費は10-12月期に一段と悪化した可能性が高い。
・11月の失業者数(失業保険申請ベース)は107万人と2001年以来の100万人台に達した。年後半、特に8・9月頃から失業者増加ペースが加速しており、金融危機による景気した押し圧力の高まりが雇用調整に拍車をかけたとみられる。PMIの内訳項目である雇用指数をみると、昨年秋口以来、低下ペースが加速している。
・BOEの信用状況サーベイによれば、10-12月期の金融機関融資姿勢は引き締めが続き、先行きも厳格化する見通しが示された。家計向け(有担保)をみると、水準が幾分緩和しているとは言え、厳格化姿勢が続いた。また、デフォルト率は調査対象の半分以上で上昇し、先行きも更なる上昇が予想されており、金融機関の損失拡大、信用給与縮小が懸念される。こうした状況下、英国政府は9月に続き、12月にも差し押さえ回避や返済繰り延べなどの対策を打ち出し、住宅市場支援を強化している。
・インフレ率は低下が続く。11月のインフレ率は4.1%(前月比マイナス0.4Pt)に低下した。依然としてインフレ目標の上限である3%を上回っているが、早晩、目標レンジに低下するだろう。今後は2008年12月からのVAT引き下げ効果もインフレ低下に寄与することになる(BOEによれば、1Pt程度下押しされる公算)。もっとも、VAT引き下げは時限付きの対策であるため、失効後は反動が生じる。2009年、2010年のインフレ率はこうした政策的な影響を反映してしまうことになる。
・12月の金融政策委員会(MPC)では100bpの利下げと、11月の150bpに続き大幅な利下げに踏み切った。政策金利は2%と歴史的な水準まで引き下げられた。発表された議事録によると、足元の状況は11月のインフレ・レポートで示された一段と下振しており、少なくとも100bpの利下げが必要との認識が明らかとなった。また、「政策金利は信用収縮に対抗する適切な手段ではない」ため、10月に政府が打ち出した金融機関支援策に「追加的な対策が必要」とし、FRBが始めている資産買い取りなどの非伝統的な金融政策を検討していることが示唆された。信用状況サーベイが与信姿勢タイト化を示しているように、BOEは信用収縮によって景気が一段とシュリンクすることへの警戒を強めている。
・こうした中、1月のMPCでは50bpの追加利下げを決定、政策金利は1.5%と過去最低水準となった。政策変更に際しての声明文では、「非金融部門向け融資を拡大させる追加措置が必要」と、金融の目詰まりに対して非伝統的な主導を導入する可能性が高いことを示した。

中澤栄「英国における保険販売チャネルの活力 アグリゲーターとコンソリデーター」『ITソリューションフロンティア』2009年1月号。
・英国保険協会によると、損害保険の販売チャンネルに占めるダイレクト販売の割合は31%であり、競合するブローカー(仲介業者)のシェアはこの10年間で55%から34%へと20%以上も減少した。
・代わって伸び率の堅調なチャネルはブランドアシュアラー(ブランド力をもつ企業が保険販売を行うもの)で、テスコ社やセインヅベリー社といった大手小売業者が有名である。保険会社はブランドアシュアラーの名前で販売される保険商品をOEM提供するもので、製販分離型のモデルと言える。英国ではこれによって保険ブランドの数が増えた。
・保険商品の数の多さを背景に、どの保険を買うと得なのかという消費者の問いに答える購買支援ビジネスがアグリゲーターと呼ばれる比較見積もりサイトである。
・企業向けの損害保険の分野ではブローカーの再編が猛烈な勢いで進んでいる。伝統的なブローカーが吸収合併により巨大化したものをコンソリデーターと呼ぶ。コンソリデーターは各地域に拠点網と有力顧客を抱え、事業規模の拡大と専門性の強化を進めているが、一方で引受保険会社の選定や手数料水準に関してきわめて強い発言力をもつと言われている。

「「空売り悪玉論」の愚かしさ」野村総合研究所『Financial Information Technology Focus』2009年1月。
・空売りとは、元手にない銘柄を借株によって調達して売却する取引手法である。もともと、株式を保有していない投資家の投資判断を市場価格に反映させ、流動性と効率性を向上させる正当な経済行為だが、相場の下落を加速するといった見方がなされることもある。実際、海外では、特定の銘柄に集中的な空売りを仕掛けて相場操縦を行った事業が摘発されたこともある。
・今般の金融危機局面でも、信用不安がささやかれる金融危機をターゲットした空売りによる相場操縦的行為がみられたとの指摘があった。そこで9月以降、米国や英国では一部銘柄に関する空売りの全面禁止など、規制強化が図られた。これに対して日本では、空売り時の価格が制限されるなど諸外国よりも厳しい規制が以前から課されてきたことや金融機関株に大量の空売りが集中する状況にはなかったため規制強化は見送られてきた。ところが、日経平均株価がバブル後最安値を更新した10月下旬以降、「株価対策」を求める超えが高まり、空売り規制が見直されることになった。
・覚書注:空売り規制を米国や英国が実施するのは良いが、日本が行うことは許せん、という主張である。どこまで本気で言っているのかよくわからない。

文部科学省「教育指標の国際比較 平成20年版」生涯学習政策局調査企画課、2008年3月。
・図表のみ。
・覚書注:各種の検討を行う際に統計として活用できる文献である。例えば、日本はドイツに比べて高等教育(大学教育にほぼ等しい概念)に対する政府支出は2分の1であるが、高等教育への進学率は2倍(日本が50%前後で、ドイツが25%前後)である。また、同じ指標について日本とイギリスを見ると数字上は同程度である。その一方で、アメリカは日本と同じ進学率であるが、高等教育の費用は政府と私費を合わせて日本の2倍以上である。こうした実情を手軽に確認できるところに本文献の魅力がある。日本における教育論議では、高等教育に対する財政支出が少ないことが日本の問題だと言われるが、費用的な側面だけから教育を語ることには限界があるだろう。日本は財政支出の多いドイツを見習えと主張するのであれば、進学率が日本の半分しかないことを同時に見なければならない。教育費それだけを取り上げて議論するのではなく、教育水準や教育機会などの側面も含めて総体的に議論すべきである。

後藤あす美「英国経済見通し 09年末に測られる成長余力」大和総研『海外情報』2009年1月14日。
・1月8日、BoEは金融政策委員会で、50bptの利下げを決定し、政策金利が1.50%となった。1694年のBoE創設以来、初の1%台の金利である。2008年10月に50bpt、11月には150bptの利下げ、12月に100bptの利下げを行っている。だが、金融機関の貸し渋りは改善せず、製造業のCIPS企業景況感は計測開始以来の最低水準を更新しつづけている。短期金利市場では、BoEが、2009年末までに0.75%近くまで利下げを行うと同時に、量的緩和策が実施されるとの見方が強まっている。
・国立経済社会研究所(NISER)算出の2008年Q4実質GDPは前期比マイナス1.5%となった。この水準は、1980年の景気後退期に匹敵する。英国最大の産業である金融業の崩壊はもちろんだが、製造業の動向が極度に落ち込んだことも背景にある。なかでも耐久財生産が縮小、10月の貿易統計では最大の貿易相手地域であるユーロ圏への輸出が前期比でマイナス8.4%、11月にはEU以外の地域(北米・アジアなど)への輸出が前期比12.6%と減少した。BoEの大幅利下げ実施・追加利下げ観測から、ポンド安が進行したが、全体的に見ると、世界的な需給調整に圧倒され、期待以上の好影響は表れなかった。結果、製造業生産は押し下げ圧力に晒された。
・BoEが発表した2008年Q4の英銀行融資調査の結果から、2008年後半は企業への融資が予想以上に厳格化されている様子が映し出された。特に中小企業への融資が慎重だったが、同調査から英金融機関が今後大企業のディフォルト率が上昇すると見通していることが明瞭となり、その波が企業全般に波及する見込みだ。ボトルネックとなっている資金繰り悪化に対し、BoEの大幅利下げによる金融機関への間接的な圧力が無効だったことが実証されつつある。BoEとしては上京打開の為に、ゼロ金利に引き下げる前に、より効果的な量的緩和策に踏み切る可能性も十分あろう。
・注目された年末年始の商戦は、大幅な値引きが実施され、その努力も虚しく、小売売上高は数量ベースで前年割れしたと推測される。英統計局(ONS)に先駆けて英小売協会(BRC)が発表した12月の小売物価は、家電・家具・衣類などの在庫一層の大幅値引きで、前月比マイナス2.0%、前年比プラス0.5&となった。しかし、12月の小売売上高(金額ベース)は前年比マイナス1.4%と振るわず、既存店比較では前年比3.3%まで落ち込んだ。クリスマス明けのセールは1月中旬過ぎまで行われているようで、値引き幅は一段と拡大している模様。ただ、英産業連盟(CBI:Confederation of British Industry)の調査からは、期待販売数量指数がマイナス40からマイナス49へと低下しており、1月の売上げが12月の販売以上の成果をあげるには不十分との判断が示唆されている。
・クリスマス商戦の時期に前倒しして始まったセールは不振に終わったが、あまりに異例の値引きが災いして、クレジットカードの利用拡大を引き起こした。元々、失業率の上昇で所得が不安定な素地があるにもかかわらず、クレジットカードの使用で貯蓄を削る行動を取った為に、家計のディフォルト率も一段と上昇する見通しとなった。担保の有無に関係なく、家計への貸出が引き締められる傾向にある。
・この本格的な景気悪化に対して、英ブラウン首相は12日に、今後2年間で5億ポンド規模の雇用対策を発表した。失業して半年以上の長期失業者を優先的に救済する。失業者を雇用した企業に対しては最大2500ポンドの補助金を支給する。職業訓練への助成も含め、50万人の雇用創出を目指す。この発表に先立って、4日には100億ポンドの公共投資・環境投資を前倒しして行い、10万人に新規雇用創出を図ると述べている。また、一部の報道では、金融機関が融資を渋っている中小企業に対して、ローン保証制度を検討中とされている。2008年にプレバジェットで200億ポンドの景気刺激策を盛り込み、追加で住宅ローン金利返済保証を発表してきた。予算案通過後の公共事業実施までを勘案すると、2009年年末から2010年年初にはBoEの超低金利政策・量的緩和案を下地に、景気刺激に努める政府施策の効果から、景気後退医歯止めがかかり、プラス成長に転ずる場面もあろう。

大政美樹「主要国の金融政策動向」国際金融情報センター、2009年1月8日。
・英国:2.00% 2008年12月4日、1.0%ポイントの利下げ、ECBとも足並みそろえる。1951年以来57年ぶりの低水準。10月8日の0.5%ポイント協調利下げ、11月6日の1.5%ポイント大幅利下げに続くもの。次回は1月7-8日。

大政美樹「主要国の政治動向」国際金融情報センター、2009年1月8日。
・英国:2009年予定、総選挙。

労働政策研究・研修機構「欧米諸国における最低賃金制度」『JILPT 資料シリーズ』No.50、2008年12月。
・経済のグローバル化や市場経済の競争激化に伴い、社会的セーフティネットの一つである最低賃金制度の重要性が増している。わが国の最低賃金制度は2007年12月、低賃金労働者の労働条件の下支えとして十全に機能するよう、改正最低賃金法が成立したところである。欧米諸国においても近年、同様に最低賃金制度をめぐり熱い議論が行われている。その議論は、低賃金労働者の賃金水準の適正化という観点にとどまらず、他の社会保障制度との関連から、あるいは欧州においては拡大を続けるEUとの関係などから、制度を見直そうとする動きが出ている。アメリカでは、近年連邦最低賃金の改定が行われていなかったが、最低賃金の実質価値が低下傾向にあったことなどから、主に民主党から最低賃金改定法案が議会に提出され、2007年7月、約10年ぶりに連邦最低賃金が引き上げられた。欧州に目を向けると、フランスでは、2007年の大統領選において「保護主義からの脱却」をスローガンに掲げ勝利したサルコジ大統領が、さっそく近年上昇著しいSMIC(最低賃金)の制度について見直しの検討を開始している。また、拡大を続けるEUとの関係では、ドイツの最低賃金は産業ごとの労働協約によって決まっているが、近年労働協約が適用されない外国企業からの派遣労働が増えていることから、政府は賃金ダンピング防止のため、一定業種に最低賃金を義務付ける「労働者送り出し法」を活用した制度の構築を目指している。オランダもEU新加盟国からの移民労働者の受け入れの自由化に伴い、同様に違法な低賃金労働者の流入を抑えるため、最低賃金違反に対し罰金を含む行政罰を新たに設け履行確保策を強化した。
・イギリスでは、1979年に政権についた保守党政府は、1986年に最低賃金制度を改革し、賃金審議会(Wages Councils)が最低賃金額を提案する対象としている労働者のうち21歳未満を対象から除外、提案内容を単一の基本賃率のみとするなど、審議会の権限に大幅な制限を加え、続く1993年に制度自体を全廃した。保守党政府は廃止の理由として、賃金審議会が労働者の賃金水準を彼らの限界生産性以上に引き上げているため、企業が雇用を削減せざるを得ない事態になっていることなどを主張した。この後、全国最低賃金制度が設置される1999年までの間、政府による賃金規制のない時期が続き、この間、低賃金層の雇用者に占める比率は急速に増加したが、賃金審議会の廃止が低賃金層の雇用拡大に結びついたという明確な証拠は得られてないという。
・一方、労働組合側は1970年代には、団体交渉の拡大が賃金審議会を代替すると考えられており、全国一律に適用される制度は言うに及ばず、政府による賃金規制自体に懐疑的だった。これには、賃金審議会の決定する最低賃金額が甚だ低かったことや、履行確保の体制が不十分であったことなども一因といわれる。しかし1980年代に入って、経済のサービス化や政府による反組合的政策の影響などから、労組が弱体化し、非組織の非正規労働者の増加にともない賃金格差が顕在化するなどの状況が発生していた。傘下の労働組合の間(特に、経済のサービス化で非正規労働者が増加する以前から賃金水準が低かった公共部門)には、すでに1970年代から、既存の賃金決定システム(すなわち自律的労使交渉ならびに賃金審議会による規制)が低賃金部門における妥当な賃金水準の確保のために機能していないとして、政府による介入を支持する産別もあったといわれるが、ナショナルセンターの英国労組会議(TUC:Traders Union Congress)が、賃金審議会に関して従来の見解を訂正したのは1982年になってからだ。機械工や運輸部門など、当時まだ相対的に強い交渉力を有していた傘下組織を中心に、多くの労働組合の間では政府による賃金規制に関して消極的な意見が未だ一般的だったという。ようやく1986年に、これらの労組が従来の見解を転換したことを受けて、TUCは、全国的最低賃金の支持を公式に表明、労働党もこれを政策目標に掲げるに至った。
・1997年に総選挙に勝利して、労働党政権が成立した後、最低賃金制度の根拠法にあたる1998年全国最低賃金法と、制度実施に関する具体的な規則を定める1999年全国最低賃金規則が相次いで成立、これに基づいて、イギリスでは初めて、全国・全産業一律に適用される全国最低賃金制度が1999年4月より導入されることとなった。Brown(2005)によれば、政府の最低賃金制度導入の意図は大きく二つある。ひとつはもちろん低賃金層の賃金水準の適正化により貧困問題に対応することである。これには1993年の賃金審議会の廃止以降に低賃金層の賃金水準が顕著に低下し、賃金格差が拡大したことが重要な要因となっている。とりわけ、1990年代までにかけて戦後最悪といわれるほど急速に増加した貧困家庭の児童の問題が念頭に置かれていたという。同時に、財政上の問題も政府の制度導入の強い動機になっている。保守党政府が1988年に、就労連動型の給付制度(in-work benefits)として導入した家族税額控除(Family Credit)は、一定時間以上の就業を条件に所得補助(税還付)を行う制度で、貧困層の就労促進や貧困児童の問題を緩和する効果があったといわれる。しかし、賃金水準の下限が撤廃されたことにより、多くの雇い主が従業員の賃金を抑制して、この給付制度を最大限利用させるという傾向を生んだという。結果、受給者の拡大とともに、財政負担が急激に増加したため、妥当な水準の賃金支払いを、応分の負担として企業に課すことが最低賃金制度導入の重要な目的として示された。
・現行の最低賃金制度は、22歳以上の労働者に適用される基本賃率(adult rate)以外に、基本賃率と同時に1999年から設置されている18-21歳向け(development rate)と、2004年に新たに設置された16-17歳向けの賃率の3種類で構成されている。最低賃金水準は、低賃金委員会(minimum wage council)が政府の諮問を受けて改定額やその他の制度改正を提案、これを踏まえて担当大臣が決定する。低賃金委員会は1998年法に基づいて設置され、時間当たりの最低賃金額のほか、参照期間の設定、最低賃金額算定の対象となる賃金の範囲、適用除外とすべき労働者の種類など、またこれ以外に大臣が必要と認めて諮問する事項の検討を行うべきことが定められている。最低賃金額の決定基準に関する明確な法的規定はないが、1998年法は、低賃金委員会が「イギリス経済全体およびその競争力」への影響を考慮のうえ、提案を行うべきことを定めている。低賃金委員会は担当大臣からの諮問を受けて、1. 制度導入以降の雇用・所得等に対する影響、また経済情勢・雇用状況・平均賃金の上昇率など、2. 最低賃金の影響を受けやすい低賃金業種の企業へのアンケート調査および地方のヒアリング、3. 外部に委託した研究の成果、4. 政府・労使などの関係組織からの意見聴取などの結果、をもとに、適切な改定額の提案のための検討を行う。毎年の報告書では、最低賃金制度の所得水準、労働市場および企業に対する影響が分析され、生産性や労働時間、教育訓練の状況などに至るまで、広範な項目が考慮されている。報告書の記述などから、改定額の決定にとりわけ重視されると考えられるのは、雇用の増減や平均賃金額・中央値の伸び率、また物価上昇率などである。
・政府のガイドラインによれば、正規労働者以外の適用対象労働者として、パートタイム労働者、臨時雇い労働者、短期契約労働者などが含まれるほか、派遣労働者、在宅労働者、出来高払い労働者(pieceworker)のうち雇用契約下で就業していないため必ずしも同法の「労働者」の範疇に含まれない者についても、実態に応じてこれを労働者とみなし、適用対象とする。一方、適用除外となる労働者は、義務教育終了年齢前の労働者、「本来の」(genuinely)自営業者、徒弟労働者の一部、住み込み語学学習者(au pair)、軍隊従事者(防衛賞の雇用者を除く)、慈善団体やコミュニティの設置した住民団体等のボランタリー団体(voluntary organizations)などで働く労働者(voluntary worker)などである。また、就業する船の漁獲量に応じて報酬が支払われる漁師や、囚人等も適用除外となる。徒弟労働者については、1. 19歳未満、2. 19歳以上で徒弟期間が12ヶ月以下の場合は適用除外となる。1998年法では当初、26歳以上の労働者について適用除外を認めていなかったため、上記2の規定は、26歳未満の徒弟労働者のみ適用されていた。しかし、翌1999年の改正で、26歳以上の労働者についても、1. 新しい雇用主に雇用されてから最初の6ヶ月間、2. 就業の直前までホームレスや所得補助(生活保護に相当)の受給者であった労働者に対して就業に関連して宿泊所(shelter)が提供される場合、3. 訓練等の一環として就業している場合、4. 就業支援プログラムの一環として就業する場合、5. 高等教育あるいは継続教育の一環として就業する場合、などは、同様に適用が除外されることとなり、加えて2006年の制度改正で、徒弟期間が12ヶ月以下の場合に関する年齢制限が撤廃されたため、26歳以上の徒弟労働者も適用除外となることが定められた。
・1999年規則は、最低賃金の算定に用いる賃金の範囲を次のように定めている。すなわち、参照期間(一ヶ月、もしくはそれより短い間隔で賃金が支払われている場合はその期間)に関して支払われた税・社会保険料等の控除前の金銭のうち、1. 先払い等でないもの、2. 年金でないもの、3. 雇用契約外の報酬として裁判所等の命令によって支払われたのでないもの、4. 解雇手当でないもの、5. 業務改善提案制度(suggestion scheme)に係る手当てでないもの、などである。また、6. 現物支給も賃金の支払いとはみなされない。ただし、雇用主が住居を提供している場合の家賃徴収分は賃金として算定に含めるこが認められている。徴収額には上限額が設けられており、最低賃金額同様、改訂の対象となる。
・なお、1999年規則は、時間あたり賃金額の算定の基礎となる労働時間の捉え方に関連して、次の4つの報酬労働の形態を区別している。すなわち、1. 働いた時間に応じて賃金が支払われる「時間労働」(time work)、2. 年間を通じた基本労働時間とこれに対する定額の報酬の支払いが契約上規定されている「給与時間労働」(salaried hours work)、3. 製品や販売・取引等の数量に応じて報酬額が決定する「出来高労働」(output work)、4. 定められた時間や数量の規定等がなく、必要に応じて、もしくは労働者が働けるときに働く「不測定労働」(unmeasured work)、の4種だ。「給与時間労働」と「時間労働」については、算定の基礎となる労働時間が比較的明確に確定される。このうち、「給与時間労働」については、所定外労働時間や業績等による賃金額の変化は考慮されず、基本時間と定額の報酬に基づいて時間当たり賃金額が算定される。また、「時間労働」については、文字通り賃金支払いの基準となっている労働時間が算定の基礎となるが、これには待機時間や仕事上の移動時間、訓練の時間等を含めることとされている。一方、「出来高労働」および「不測定労働」については、労働時間の扱いが必ずしも明確ではない。このため、前者については、同一の雇用主のもとで働く平均的労働者の時間当たりの業務量(製造数もしくは処理数)で最低賃金額を割り戻し、これに1.2を乗じたものを、業務一単位当たりの公正な価格(fair piece rate)の下限として設定するべきことが、2005年の制度改正により規定された。また、後者については、雇用主と労働者の間で一日平均のみなし労働時間を設定するか、もしくは一日の実働時間を記録することを求めている。
・履行確保を所管する歳入関税庁は、国内に16チーム、計80名の監督官(compliance officer)を設置、ヘルプライン(電話)や郵便、ウェブサイトを通じて、最賃違反に関する申し立てや通報をうけて、雇用主に対する立ち入り調査を行う。事業主には、従業員の労働時間や賃金支払いの記録について最低3年の保持が義務付けられており、監督官は立ち入り検査に際して、この記録や必要な情報の開示とコピーの取得、またそれについて説明を求め、これらを実施する必要に応じて事業所内の任意の場所に立ち入るなどの権限を付与されている。なお、雇用主に対して、従業員からの請求があった場合も同様に記録の開示が義務付けられる。検査の結果、違反が認められた場合は、監督官は雇用主に対して履行通告を発行し、最低賃金の支払いと、最長で過去6年分まで遡及した未払い分の賃金の支払いを命ずることができる。雇用主が支払い義務を履行しない場合は、監督官は罰則通告(違反の対象となる労働者一人当たりつき、履行勧告からの日数に最賃額の2倍を乗じた罰金を科す旨の通告)を発行する。これに対して、雇用主は28日以内に雇用審判所(Employment tribunal)等に異議申し立てを行うことが認められており、雇用審判所は相応の理由があると判断した場合、通告を撤回させることができる。これらの手続きによって解決がみられない場合、監督官は雇用審判所もしくは民事の裁判所に訴訟を提起するか、あるいは悪質な雇用主に対しては、賃金不払いとして刑事追訴を行うことができる。なお、労働者が直接、雇用審判所あるいは裁判所等に訴え出ることもできる。いずれの場合においても、違反がないことを証明する責任は雇用主(雇用関係にない場合は発注者)にあることが法律で定められている。また労働者には、訴訟を理由に不利益な取り扱いを受けない権利が保障されている。
・低賃金委員会の2008年の報告書によれば、最低賃金以下の賃金水準の雇用者の約3分の2が女性で、就業形態別ではパートタイムが6割を占める。また、人種別にはパキスタン・バングラデシュ系を中心とするエスニック・マイノリティ、年齢別には65歳以上の高齢者層(特に女性)や22-25歳もしくはそれ以下の若年層、あるいは障害者などの雇用者層の間で特に比率が高い。企業規模別では小規模企業ほど低賃金労働者を雇用する傾向にある。業種別には、理髪業、清掃業、飲食・宿泊業(Hospitality)などで低賃金労働者の比率が特に高い。また絶対数では、小売業(335万人)、飲食・宿泊業(181万人)、ソーシャル・ケア(育児・介護等の公的なサービス:116万人)の3業種となっている。なお、外国人労働者の間で比率が高いとの見方が一般的だが、統計上は把握されていない。
・政府は最低賃金制度の導入に際して、低所得者層への所得補助給付の一部を適正な賃金の支払いを通じて企業に負担させ、これによって財政負担を軽減するという効果をもたらすことを大きな目標の一つとして掲げている。ただし、同時に、最低賃金制度は政府が実施している「福祉から就労へ」という就業促進プログラムの一環として位置付けられ、低所得者層への就労に関連付けた税額控除制度(Working Tax Credit)の実施とならんで、失業者や無業者などにとって就労が魅力的となるような賃金・所得に関する施策ともなっている。つまり、最低賃金額を適正な水準に保つことで、求職者給付(失業手当)や就労不能給付(障害者手当)などの受給者を就業に振り向け、これを通じて一方では社会保障支出の削減、他方ではいわゆる社会的排除によって就業・教育などの面で不利な立場に置かれた人々の状況を改善することが志向されているといえる。なお、現在の最低賃金額の水準は、総じて所得補助や求職者給付など各種給付制度の週当たり支給額よりも高いといえる。このため、基本的には給付水準と最低賃金額が関連付けて論じられることはない。
・最低賃金制度の導入は、低賃金層の賃金水準の改善を通じて、所得の再分配効果をもたらしたとの見方が一般的だ。また、賃金水準に関してその恩恵を最も被ったのは、低賃金層の半分近くを占める女性パートタイム労働者であるといわれ、この層の賃金水準の改善を通じて、男女間の賃金格差が縮小されたところが大きい。雇用について、制度導入に際しての議論では、保守党や企業などが、雇用が大幅に削減されると主張し、また、より低い水準が設定される若年層に労働需要がシフトすることにより、基本賃率を適用される22歳以上層の労働者が職を失うとの懸念が提示されていた。しかし、導入から9年あまりを経て、これまでのところ主張されたような全般的な影響はみられていない。この間の雇用水準は,長期的な景気の好調に支えられて拡大、就業者数はイギリスで初めて3000万人に届こうとしており、うち約1割にあたる約300万人分は1997年からの増加分だ。
・低賃金委員会は2007年の報告書で、最賃額の大幅な引き上げに替えて企業におけるコンプライアンスを高める必要を主張、政府も同様の意向を示し、履行確保を所管する歳入税関庁の関連予算を50%引き上げて、監督官の増員や広報活動などによる制度の周知徹底を促すこととした。また、派遣労働者や外国人労働者などの立場の弱い労働者に対する搾取の問題への対応についての議論が既に一昨年前から進められており、この関連では、例えば住居費等の賃金からの徴収に関するルールの厳格化や、最賃違反に対する即時の罰金の適用および罰金額自体の引き上げ、また履行確保の強化の一環として、未払い賃金の算定方法の見直し(遡及分を現在価値に換算)や監督官の権限の拡大などもはかられる予定だ。
・最低賃金委員会が改定額の検討に際して毎年実施している関係者からの意見徴収に対して、使用者側から毎回寄せられる見解は、最賃引き上げによって生じるコストが企業の経営に大きな負担となっており、これを捻出することが年々難しくなっている、というものだ。例えば、小売業の業界団体である英国小売業協会は。2006年の最賃額6%の引き上げによるコスト増は企業全体で17億ポンドにのぼり、人件費の増加が従業員の生産性の上昇分を上回っていることから、競争力が損なわれていると主張している。またコンビニエンス・ストア協会も、人件費の増加がそもそも小さい利益をさらに侵食している、との声を寄せている。あるいは、人件費以外の原材料などに関するコスト増への対応の必要なども、使用者の間からは聞かれる。CBIは、雇用などへの影響をみるためにも、改訂の間隔を(例えば隔年などのかたちで)あけるべきではないか、と主張している。一方、労働組合側の主張は、企業の利益率は記録的に増加しており、最賃の引き上げは企業にとって十分対応可能な水準にあるというものだ。むしろ、例えば介護業界では、低劣な賃金水準を理由とする高い離職率が、新たな従業員の訓練によるコストを増加させており、在宅介護業界などではこのコストが7,800万ポンドにもおよぶとしている。また、労働組合側は現在の最低賃金の水準に不満をもっており、「生活賃金」という考え方に基づいて、最賃額の7ポンド前後への引き上げを主張している。さらに、インターンシップや就職経験プログラムを通じて就職している若年層に対して、最賃未満の賃金の支払いや、あるいは無給で就業させるなどの最賃適用違反が多発しているとの批判もある。多くは、制度に関する知識不足から行われている違反であるといわれている。
・最低賃金制度の影響に関する研究者などによる検証も、多岐にわたる問題に関して行われている。特に関心が集まっているのは、雇用と賃金水準に関する影響だ。このうち、雇用に関してはほとんどの研究成果で、悪影響は生じていないとの結論に達している。低賃金業種あるいは若年層など、とりわけ最低賃金の影響を受けやすいとされるグループに絞った研究においても、目立った雇用への減少効果はみられないとの結果を報告する論文が多い。Metcalf(2007)は、雇用への影響が抑制された要因として、1. 職場組織の見直しや訓練などの企業努力による生産性の向上、2. 価格転嫁、3. 企業収益の縮小による吸収、4. 雇用ではなく労働時間による調整が行われた、などが有力であるとしている。しかし、例えば教育訓練や企業収益などについては、最低賃金制度の影響はほとんどみられないとする研究もあり、また労働時間の調整についても、若干の減少傾向はみられるものの、使用する統計によって結果が異なるといった結果を報告する論文もあるなど、いずれの要因がより説明力を持つかついて、賛否は分かれる。また賃金水準への影響については、最低賃金の賃金水準の改善効果があったとする研究が大半だ。ただし、その効果を限定的にとらえる(ごく一部の低賃金層についてのみ改善効果があったとする)研究から、より広範に上位層まで波及効果があったとする研究までみられ、これに関しても評価は必ずしも一定していないことが窺える。
・Brownは、最低賃金制度を「政府の労働市場に対する最も立ち入った介入」(most intrusive labour market intervention)と表現しながらも、導入に際しての議会などでの激しい論争は、制度の導入以降は急速に沈静化したと述べる。もちろんこの成功には、1990年代末からの長期的な景気の好調による労働力需要への拡大が大きく寄与している。しかし同時に、最賃額がその初期から、雇用などへの影響に配慮して慎重に設定されてきたことや、三社構成の諮問機関が調査研究等を通じて現状の把握につとめ、これをベースとした実質的な議論の場として調整機能を果たしてきたことも大きいだろう。もちろん、委員会における労使委員間の合意が、外部の労使団体などによる意見の対立を解消しているということではないが、少なくとも最賃制度導入の際には激しく反対してきた保守党や使用者側から目立った廃止論が聞こえてこないことは、最賃制度が国民の多くに受け入れられ、定着してきたことの証左といえる。
・覚書注:最低賃金制度が導入された時期が、好況期であったため、指摘されているような懸念が現実化しなかったのではないだろうか。景気が著しく鈍化している昨今では、最低賃金制度の弊害が生じている可能性がある。弊害があるから制度自体に意味がないとする議論は単純であるが、実際に弊害があるなら修正しなければならないだろう。
・Brown(2005):Brown W., “The Low Pay Commission After Eight Years”, 2005.
・Metcalf(2007):Metcalf D., “Why Has the British National Minimum Wage Had Little or No Impact on Employment?”, CEP Discussion Paper, No.781, 2007.

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benyamin ♂

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