『問題な日本語』

 今日は北原保雄編著『問題な日本語』三部作を読みました。

 具体的には、北原保雄編『問題な日本語 どこがおかしい? 何がおかしい?』(2004年、大修館書店)、同編著『続弾!問題な日本語 何が気になる? どうして気になる?』(2005年、大修館書店)、同編著『問題な日本語 その3』(2007年、大修館書店)です。

 本書は、題名が示すように、巷に流布している間違った日本語、気になる日本語、違和感のある日本語などを取り上げ、どこが問題であるのか解説を加えています。いわゆる日本語の乱れを指摘する本であり、この点では類書がいくつもあるかと思います。

 本書が他の類書と決定的に異なっている点は、その接近方法です。一般の本などでは日本語の乱れは正すべきだとされていますが、本書では必ずしもそうした主張はしません。間違っている日本語であっても、それがなぜ使われているかかにまで立ち入って検討を加えています。

 例えば、本書ではいわゆる若者言葉がいくつか取り上げられます。「ありえない」や「っす」、「全然いい」などです。よく耳にする言葉だと思います。生真面目な大人が聞けば、これは何たることかと日本語の将来を憂い、果てには日本の未来まで心配が及んでしまうでしょう。

 本書も若者の言葉遣いをいさめる姿勢も見せますが、それ以上に若者がそうした言葉で何を表現しようとしているのかを見据えようとします。頭ごなしに若者を見下すのではなく、その言葉が用いられている状況や文脈をまずは正確に把握する作業に取り組んでいます。

 上に示した言葉を個別に解説していくと、まず「ありえない」は、実際に発生した事態を否定する論理矛盾を抱えているものの、あえてそれを強く提示することで強調の比喩表現となっているとされます。実はこうした言葉は昔からあり、「信じられない」、「嘘つけ」、「冗談じゃない」などが該当します。これらの現代版が「ありえない」です。

 次の「っす」ですが、これは敬語として用いられる言葉です。基本的には俗な言い方だと本書は否定しながらも、丁寧な表現である「です」や「ます」を統合した進化形態であると評価しています。「です」や「ます」はそれぞれ名詞や動詞に限定して付く言葉ですが、「っす」は名詞や動詞、形容詞などにも付けることができるからです。

 最後の「全然いい」は、「全然」を肯定的な意味で用いている点が問題だと一般に指摘されますが、夏目漱石や芥川竜之介も小説で用いている表現であり、誤用ではありません。これは、「大丈夫?」「全然平気!」というように、否定的な状況や懸念に対して、まったく問題がないことを示す表現になります。

 また、「全然」には他の意味合いもあります。2つの物事を比較して使う用法です。つまり、「こちらのほうが全然いい」と言う場合です。これは「断然」との類似から広まったと本書では説明されています。こちらはやや誤用と言えなくはないものの、若者言葉だからといって一方的に間違いだと決め付けていません。

 若者言葉以外では、「注文は以上でよろしかったでしょうか」も取り上げられています。マニュアル言葉として否定的に見られがちなこの言葉ですが、本書では許される言葉遣いであると説明されています。ただし、「よろしかった」はあまり使われない言い方であるので、やや違和感が残る表現だとしています。

 以上のように、本書は問題な日本語について非常に好意的な態度で分析しています。編著者は『明鏡国語辞典』の編者であり、日本語の守護者のような人ですが、その人が日本語の乱れをそれほど否定的に考えていないことが新鮮でした。とはいえ、専門家だからこそ現状に好意的なのかもしれないと思いました。

 と言うのは、言葉は単純民主主義が貫徹する世界だからです。正しい日本語というのは制度的に設定することは可能ですが、それを人々が日常的に話したり書いたりしなければ意味がありません。制度的な決まりよりも、実際に人々が使っている点に、言葉としての生命力があると思います。

 端から見たら間違っている言葉遣いであろうとも、多くの人々が用いているのであれば、それは1つの言葉として認めなければなりません。正しいか間違っているかどうかよりも、それを用いている人が一定数いることが言葉の存在意義です。でなければ、方言は常に否定されるべき存在になってしまいます。

 本書は言葉における純粋民主主義を理解した上でまとめられていると思いました。正しい日本語を振りかざして問題な日本語を一刀両断するのではなく、そうした日本語を用いている人がいる以上、それも1つの言葉だと真摯に受け止めています。言葉と長年向き合ってきた専門家に相応しい態度であると思いました。

自己紹介

benyamin ♂

2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

月別アーカイブ

Powered by Movable Type 5.13-ja
Support Wikipedia