2011年3月アーカイブ

医療崩壊は自業自得

 今日は医療崩壊は自業自得です。

上小阿仁 再び無医村の危機

医師が退職願 中傷で心労か

 上小阿仁村唯一の医療機関である村立上小阿仁国保診療所の有沢幸子医師(66)が退職願を出し、受理されたことが28日、分かった。有沢医師は昨年、一部住民の嫌がらせが原因で辞意を示したが、住民の熱意で、その後、撤回した。今回は、健康上の理由だというが、今でも嫌がらせが続いていることが背景にあると指摘する村関係者もいる。後任探しは難航が予想され、再び無医村の危機を迎えた。(糸井裕哉)

 有沢医師は昨年9月、小林宏晨(ひろあき)村長に対し、「激務をこなせる体力がもうない」と退職願を提出した。小林村長は「土日を完全休診にする」「週2日は非常勤医に任せる」などの待遇改善策を提示して慰留に努めた。

 しかし、有沢医師は昨年末の検査入院で「現状が続けば健康維持は難しい」と診断されたことを挙げ、申し出を断った。意志は固いと判断した小林村長は2月下旬、受理した。退職にあたり、有沢医師は「後任に引き継ぐまでは頑張る」と話していた。

 有沢医師は当初、辞任の公表を望まなかったが、今月中旬に有沢医師から「いつ辞めるか分からないのに実情を知らせないのは村民に不誠実」との申し入れがあり、村は事実の公表と、ホームページ上での医師公募に踏み切った。また、退職願を受け、村は、有沢医師の負担を軽減するため、4月から秋田市立秋田総合病院長を週1回招いて、外科と泌尿器科の診療を実施する。

 有沢医師は2009年に赴任。年間約20日しか休診せず、夜間や早朝でも往診する献身的な診療で、住民から絶大な信頼を得た。その一方で、一部住民から、「平日に休むな」「患者を待たせすぎだろ」などの心無い中傷で心労が重なり、辞意を表明した。

 1週間で慰留を求める約800人の署名を集めた村民の熱意で翻意した。だが、その後も無言電話があり、年始に休診した際には「正月だからって休むのか」と嫌がらせの電話があるなど、有沢医師に対する中傷は続いたという。

 さらに、周辺自治体で医療機関が続々と縮小した影響などで、有沢医師のいる診療所では患者が急増。昨年は1日あたりで前年比約10人も増えた。

 村の担当者は「有沢先生は後任が決まるまで続けると言ってくれているが、夏までに医師を見つけないと先生が倒れる」と、後任探しに奔走している。

 だが、有沢医師のように村に移住し、急患や往診に即応できる医師の確保は困難だ。村では、常駐の医師が見つからない場合として、非常勤の医師を複数おいて、診療態勢を維持することも考えている。

 月一度、診療所に通っている山田ツル子さん(75)は「一人暮らしで移動手段が限られる私には診療所と有沢先生だけが頼り。無医村になるのは避けたい」と不安な表情を浮かべた。

(2011年3月29日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20110328-OYT8T01034.htm

 医療崩壊の基本的問題の続きです。同じ読売新聞が記事にしていますが、この記事も新聞にしては良い内容になっています。地域唯一の医者が住民や患者から激しい嫌がらせを受けていたことを明示しているからです。

 当該医者は昨年から退職願を提出していましたが、医者がいなくなっては困る行政側は慰留を続けていました。その退職願が今月末になってやっと受理されましたので、これより、地域では医療崩壊が発生するでしょうが、それは自業自得だと評価すべきです。

 地域から医者がいなくなる可能性が高まっても、当該医者に対する嫌がらせは続いていたようです。その一方で、医者がいなくなると困ると残念がっているのですから、田舎の人間は本当に理解不能です。

 前任者は2008年2月から2009年1月までの約11ヶ月で退職しています。その医者は僻地医療に20年も従事してきた人ですが、それでも1年もちませんでした。僻地医療の専門家をも追い出すような住民たちの嫌がらせがあったのでしょう。

 今回の医師は2009年1月から2011年3月までとなりますので、2年以上も嫌がらせに耐えて医療を提供してきました。十分です。お疲れさまでした。もう嫌がらせに悩まされることはありません。ゆっくりと休養してください。

 この地域にしばらくは医者はやってこないでしょう。それによって高齢者を中心に被害が出るかもしれません。ですが、仕方のないことです。医者を追い出したのは住民たちですから、その結果は住民たち自身が望んだことです。

 医者がいない地域、というと、社会政策上の大きな問題になるため、救済しなければとの思いに駆られてしまいがちです。しかしながら、これは住民たちが望んだことです。外野の人間である私たちから提言することは何もありません。

 井堀利宏が『公共事業の考え方』(2001年、中公新書)で、地域を維持することは無駄であるため、積極的に切り捨てるべきだ、と主張して世間を驚かせましたが、意外に重要な指摘だと思います。一方的な切り捨ては妥当ではないでしょうが、地域を大切にすることを金科玉条にする必要はないと、私も考えます。

 地方分権も素晴らしいこととして批判が封じられる傾向にありますが、権限を移譲される地域が本当に自治の担い手として適切かどうかは検討されるべきでしょう。地域の視点や庶民の感覚が政治過程に直接反映されると、明るい未来が開けるのでしょうか。

 今回の問題は、単に医療問題のみならず、他の問題領域へも拡大して考えるべきだと思います。また、議論する際には医者や行政を批判するのではなく、問題の原因となっている住民側にも大きく切り込んでいくべきでしょう。地域の問題は根深いです。

オタクと町が萌えた夏

 今日はオタクと町が萌えた夏です。

1/5:http://www.youtube.com/watch?v=9Zb7mA0yd90
2/5:http://www.youtube.com/watch?v=7fUNt32XMrE
3/5:http://www.youtube.com/watch?v=uOZ1ZjtlGa8
4/5:http://www.youtube.com/watch?v=e2p7igEG8Vw
5/5:http://www.youtube.com/watch?v=nPxDNfFQv1E

 感動してしまいました。全部で50分程度の長さですが、是非とも見てください。

 最初はよくある番組かと思いました。つまり、オタクを面白く取り上げて、嘲笑する番組です。いくらオタクが嫌いでも、そうした扱いは非常に差別的だと思います。報道がそうした行為の一翼を担ってはいけません。

 そうした風潮のなかで、この番組は、オタクたちが集まる人気の場所となった地域で、その地域の人たちとオタクたちが接近していく様子を描いています。通常の取材と同じように、オタクたちへカメラを向けています。

 舞台は埼玉の鷲宮町です。この地域を題材にした漫画原作のアニメ『らき☆すた』の人気が出たことから、ここに多くのオタクが訪れるようになっています。オタク界隈では有名な聖地です。

 衰退した商店街に活気を取り戻したい地域住民と、自分たちを受け入れてた恩返しをしたいオタクたちが、協力し合って祭りを作り上げていきます。オタクたちは、見た目も趣向も確かにアレですが、素直な連中ですから、仕掛けさえあれば、十分に社会貢献できると思いました。

 地域の衰退が著しい昨今、誰もがその活性化を議論していますが、効果的な対策はありません。鷲宮町のように、オタクたちを中軸に活性化を模索することは、若者を引き寄せて定着させる点でも、検討に値するかもしれません。

 ちなみに、お人形を抱いて愛でている彼には、さすがの私でもちょっと受け入れがたいと思いました。明日は我が身のような気が……いや、何でもないです。

覚書 110326

  • 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「アメリカ及びイギリスにおける政策金融に対する会計検査の状況に関する調査研究」平成22年度会計検査院委託業務報告書、平成23年2月。
  • 第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 田中理「EU Indicators 欧州経済指標コメント:2月英国消費者物価 物価はBOEの想定を上回るペースで上昇」2011年3月23日。
  • ジェトロ「英国におけるコンテンツ市場の実態」2011年3月。
    • 日本の漫画やアニメなどが英国でどのように市場に浸透しているかを調査している。分析視角は皆無だが、情報としては面白い。
  • 国際金融情報センター 地域総括部「主要国の金融政策動向」2011年3月4日。
    • 英国:0.50%
  • 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「調査レポート 米国・欧州主要国の景気概況<2011年3月>」2011年3月23日。
  • 「フォークランド諸島:沖合での掘削再開」石油・天然ガスレビュー、Vol.45、No.2、2011年3月。
  • 国際金融情報センター 地域総括部「主要国の政治動向」2011年3月4日。
  • 堀真奈美「保健医療分野におけるVFMとアカウンタビリティの確保に関する研究 イギリスのNHS・ソーシャルケア改革を事例として」平成22年度海外行政実態調査報告書、平成23年3月。
    • 2007年のコモンウェルス財団の国際比較(オーストラリア、カナダ、ドイツ、ニュージーランド、米国、イギリスの6カ国比較)によると、アクセス、平等性、効率性、ケアの質においてイギリスが総合1位であることが示された。評価基準の妥当性の検証が必要であるにせよ、これまで、国際的に、「安い。しかし、質が低い」と思われていたイギリスにとって大快挙である。だが一方で、これらの改革を可能にした背景には予算の大幅拡大がある。予算増大に見合うだけの成果であるかどうか、VFMという視点から少なからず問題があるという指摘もある。2002年から2007年の間に納税者のNHSに対する支出(公共支出)は2倍以上に増加、累積総額で430億ポンドが投入された。年平均伸び率では7.4%となり、この5年間のGDP成長率が約9~10%であることを考えるといかに巨額な投入であるかが明白である。2007年時点で、NHS総支出は、2002年当初に想定されていたよりも大きく、約1,000億ポンド、国民一人当たりで平均1,500ポンドとなっている。NHSへのプライベート支出も含めると1,135億ポンドを超え、EUの保健支出の平均に近づく。

高知城と桂浜

 今日は高知城と桂浜に行ってきました。

・体調は絶不調であったが、天気は快晴であった。このところ、行事のときは晴れの日が多い。これも日頃の行いが良いためだろう。
高知城へは大手門から入る。板垣退助の銅像が私たちを迎えた。彼は土佐の偉人だが、よくよく考えると、高知城に彼の銅像がある意味がはっきりしない。
・三の丸の桜園で桜が咲き始めていた。ここの桜は高知の開花状況を判定する指標となっている。今日が高知の開花日だ。
・共同通信が取材に来ていた。家族連れの映像をとり、お年寄りにインタビューしていた。そばにいた普通の私たちは普通に無視される。別にいいけど。
・石段と石垣が壮観である。本丸の南側にある石垣は7年ほど前に修復されている。所々に新しい石が混ざっている。
・本丸の天守閣は資料館になっている。入館料400円。山内一豊の解説などがされている。長宗我部は少なめである。高知城だから当たり前か。
・ただし、山内一豊の銅像は高知城の外側にある。土佐の人が山内一豊をいかに「評価」しているかがよくわかる。彼は家のなかに入れてもらえない。自分の家なのに。
・寝殿造りの室内から見える庭が良かった。庭の外に見える高知市内も一部として組み込んでいるように見える。庭木はやや手入れ不足の印象を受けた。
・最上段からは高知市内が一望できる。高知が山に囲まれていることを改めて確認する。近くにある女子高校のプールが見えた。いや、他意はない。夏が楽しみだ。
・桂浜の国民宿舎にある食堂で昼を食べる。鰹たたき丼定食1,500円。鰹のたたきが薄切りで、歯ごたえがない。これでは高知のたたきではない。
坂本龍馬記念館に行く。入館料500円。龍馬の手紙が多く展示されている。墨と筆で書いてあるが、内容はブログだ。
・一時展示を禁止されたピストルが展示されている。32口径で大きい。これは死ぬ。
・龍馬の写真がいくつか展示されている。なかには、見たことがない龍馬の写真もある。無理矢理カラーにした写真もある。やはり龍馬はおっさん顔である。
・屋上は展望台になっている。ここからの桂浜も良い。長く続く砂浜が一望できる。
・桂浜に降りて、龍馬像を見る。でかい。周りの松と合わさった姿は見応えがある。
・龍馬像の後ろに、友人であった武市半平太中岡慎太郎の銅像を追加する計画があるようだが、そのような余地はない。見栄えは確実に悪くなる。観光客は逆に減る。
・報道で聞いただけでは、別に追加しても良いと思ったが、実際に見てみると無理だと思った。現場に行ってみることは重要である。
・桂浜の海岸を歩いてみる。やや天気が曇ってきて風が出てきたためか、太平洋の波が打ち寄せている。これもまた一興なりや。
・下竜頭岬に登って海岸を眺める。いい景色だが、足摺や室戸に行った後では、やや魅力が落ちる。国立公園や国定公園には勝てない。
・時間の都合から、桂浜水族館には行かずに、自由民権記念館に行く。休館。ちくしょう。アザラシやイルカを選ぶべきだった。
・代わりに、高知県立文学館に行く。観覧料350円。絶海義堂から田宮虎彦まで高知出身の文学関係者が展示されている。なぜか土佐日記紀貫之も。彼は土佐に赴任しただけだ。田宮虎彦も土佐の生まれではない。
寺田寅彦が展示されている。落ちた椿の花が上を向いている理由を物理学から解明したりしている。他にも身近な現象に学問的に接近しようとする面白い研究をしている。

 これで高知の観光地はだいたい見たでしょうか。あと残っている場所は、有名どころでは龍河洞くらいです。駆け足でしたが、十分に高知を堪能できました。ありがとうございました。

覚書 110319

  • パリ産業情報センター ピエリック・グルニエ「2010年-2011年の欧州自動車市場は微減から横ばいか?」一般調査報告書、平成23年2月10日。
  • 三菱東京UFJ銀行「経済マンスリー 西欧 ユーロ圏ではインフレ抑制のために早期切り上げの観測高まる、英国の回復感はまだ弱い」2011年3月18日。
  • 第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 田中理「EU Indicators 欧州経済指標コメント:2月英国失業率・賃金 公務員削減が本格化するなか、民間部門の雇用吸収力にも翳り」2011年3月17日。
  • 第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 田中理「EU Indicators 欧州経済指標コメント:1月英国鉱工業生産 製造業活動の回復が続くが、景気の先行きには不透明感」2011年3月11日。
  • 大和総研 投資調査部 シニアストラテジスト 山崎加津子「海外情報 欧州経済見通し 利上げに動き出す欧州の中銀」2011年3月17日。
    • 英国経済に忍び寄るスタグフレーション懸念
  • 行政法税調査室 末井誠史「DNA型データベースをめぐる論点」レファレンス、平成23年3月号。

モネの庭と竹林寺

 今日はモネの庭と竹林寺に行ってきました。

・早朝の8時に集合する。昨晩の酒が残っていて、すこぶる調子が悪いが、天気は快晴である。
・まずはモネの庭にいくはずだったが、さすがに時間が早すぎて開園前だったので、少し足を伸ばして室戸岬に行く。予定外だったが、見ることをあきらめていた室戸に行けることになった。
・室戸に近づくと、車中から見える海が黒々としているのがわかる。黒潮とはよく言ったものだ。
中岡慎太郎の銅像を見た後、裏にある展望台に登る。黒潮の海が見事である。岬が海に突き出ているので、視界のほとんどが海となる。
・国定公園の浜に降りてみる。砂浜ではなく、5mm前後の石で浜ができている。水内際にまで出られ、ごつごつした岩に波が打ち寄せられる様子をしばし眺める。
弘法大師が修行した御厨人窟を見る。薄暗い洞窟のなかでは風と波と音だけが聞こえる。しばらくたたずんでいると、私も悟りを開きそうになる。
・御厨人窟の近くに弘法大師が行水をしたとされる池がある。海岸の岩場の水たまりで、現在では水が汚くて、とても行水には適さない。ここに入るとは、さすが悟りを開いた人は偉大である。私にはとてもできない。
室戸岬山頂展望台に行く。有名どころではないが、ここからの景色は絶品である。周囲で一番高いためか、風力発電の風車や各種の電波装置があるが、それでも見晴らしが良く、室戸に来たら是非とも見るべき風景である。
室戸岬灯台に行く。こちらは有名どころだが、景色はいまいちである。悪くはないが、何よりも灯台が視界を邪魔している。灯台を見るところである。
・道中に出会った車は高知番号も多いが、兵庫や岡山も何台かいた。なかには横浜や湘南の番号もあった。こんなところまで非難してきただろうか。
・室戸を後にして、モネの庭に向かう。入園料700円。睡蓮の花が綺麗なところだが、今は何も花は咲いていなかった。この季節では仕方がないが、残念である。フランスでは気温の関係で栽培できない、青い睡蓮が見たかった。
・花はないが、散歩するには最適の庭である。花が咲き誇る季節はさぞかし散歩も楽しいだろうと再度残念に思う。小高い丘の上にある展望台からは、海と山と町並みを1つの風景として見ることができる。これも偶然ではなく、意図的なのだろう。地中海あたりの景色を意識しているのだろうか。
・園内のレストランで昼を食べる。総じて料金設定が高い。モネランチを注文する。2,500円。この料金は何だ。だが、美味しい。牛肉のステーキと鶏肉のソテーが、高知県産の野菜と一緒に盛りつけられている。量も十分で満足する。値段に見合っている。
竹林寺に向かう。拝観料400円。八十八カ所巡りの1つとして有名だが、庭園が美しいことでも名高い。夢窓疎石が設計したとも言われるが、確かにそうだと言える見事な庭園である。高知にも、自然以外で美しいものはある。
・残念だったのは、修繕中のためか、池の水が抜かれていたことである。池があるおかげで、室内から見ると水に浮いているように見えるはずだが、肝心の池がない。残念だ。
・ただ、室内から見ると、庭園は窓によって切り取られ、まるで絵画のようであった。先に行ったモネの庭とはまた違った趣がある。
・五重塔を見る。元々は三重塔だったが、明治32年に台風によって倒壊したため、昭和55年に五重塔として復興する。

 高知の東側を堪能してきました。1日ですので、めぼしいところしか回っていませんが、それでも国定公園や歴史的な寺院、近代的な庭園といった、それぞれ魅力が異なる観光地を比較しながら楽しむことができました。室戸の黒潮は今でも目に焼き付いています。

パソコン廃棄

 今日はパソコン廃棄です。

 家の押し入れで眠っていたiMacを破棄することにしました。いわゆるDV系の古い機種ですので骨董品として価値がありそうですが、まったく使っていないので思い切って捨てます。

 今回利用した業者はパソコンファームです。不要になったパソコンを無料で引き受けてくれます。送るための料金は必要ですが、とくに手続きもなしに簡単に処分できます。

 パソコンは念のためHDDだけ抜き取りました。それを箱に梱包して、業者に集荷を依頼して取りに来てもらって発送しました。送料は1,500円でした。

 あれ? 意外にお金がかかる? まあ良いでしょう。パソコンを破棄する方法が1つ追加されたことを確認できれば十分です。

 一週間ほどしてとくに何もなければ、無事処分されたと判断したいと思います。

【追記】3月27日
当時から10日以上が過ぎましたが、先方からはとくに何も連絡はありません。無事に処分できたようですので、報告しておきます。

迷惑な奉仕精神

 今日は迷惑な奉仕精神です。

【再掲】災害現場の困ったちゃん!? ボランティアに求められる自己責任の大原則

 台風18号が2009年10月8日早朝、愛知県に上陸。各地を暴風雨に巻き込みながら日本列島を北上した。愛知県の国道ではトラック4台が横転し、和歌山県では倒木に新聞配達中の男性がバイクで衝突して死亡。気象庁によれば、「昭和34年に東海地方などを襲い、死者・行方不明者5,098人を出した伊勢湾台風に匹敵する」としている。

 アジアモンスーン地帯に位置する日本列島は、元々が台風の常襲地帯。地形も急峻で断層や破砕帯が散在するなど、地理的にも地形的にも災害が発生しやすい自然条件にある。このため、毎年のように台風や地震等の自然災害に見舞われている。

 そして、こうした災害復旧に欠かせないのが民間の「災害ボランティア」だ。全国の自治体が立案している「市町村災害復旧計画」も民間ボランティアの参加を大前提にしており、今や我が国の災害対策は彼ら抜きには語れないのが実情だ。しかし、そんなありがたいはずのボランティアが、とても迷惑な存在になってしまう場合があるという。

 災害ボランティアの大原則は「自己責任」だ。現地への交通費や宿泊費、食費などの必要経費は、いうまでもなく自分負担。ところが現実には、「フラっとやってきて、『寝る場所はどこですか』とあたりまえに聞いてくる人が多い」(中部地方の某町役場職員)のも現実だ。災害対策本部(市町村役場の総務課などに設置される場合が多い)に電話をかけてきて、「安い民宿を紹介してくれ」と宿の斡旋を求める人もいる。徹夜で業務に追わることもある現地の役場職員が、全国からの宿の斡旋に対応していたらそれだけで業務はパンクしてしまう。各自で確保するように説明する職員に「手伝いに行ってやるのになんという冷たい対応だ! だから役人はダメなんだ!」と逆ギレして周囲を呆れさせる例も少なくない。

 また、ボランティア志願者はどうしても土日に集中するため、必然的にこの二日間は人手が余りがち。その結果、土日のボランティアセンターでは大勢の人がテントで待機する光景がしばしば見うけられる。すると「貴重な休みをさいてやって来たのにいつまで待たせるのか」と怒り出す困った人が現れる。復旧作業を遊園地のアトラクションと勘違いしているのだろうか。仕事量と人手がちょうどよくかみ合う日ばかりではない。「待つのもボランティアの仕事ということでご理解を......。もう少しお待ち下さい」となぜかお詫びをしているスタッフさえもいる。

 ちなみに筆者は北陸のある被災地へボランティアに行った際、ボランティアセンターの職員が、長時間待機する人たちに、即席の「方言講座」を開いて必死になだめている場面に遭遇。「そんな話を聞きにきたんじゃない!」と声を荒げる男に頭を下げるスタッフの姿は、実に痛々しかった。

 また、若い層に多く見られるのが異様なまでの頑張り屋さんだ。体力に自信があるのか使命感が強いのか、とにかく全身全霊で作業を続け、「疲れた」「きつい」を連呼しながら頑張り続け、自らのブログに「意識が朦朧として更新もつらいがガンバルしかない」と悲壮な覚悟を綴るストイック(?)な人たちもいる。その結果、熱中症で倒れて救急車のお世話になり、かえって現場に迷惑をかけてしまう例も。疲労がたまれば休みも必要。意識が朦朧とするほど疲れているなら一日くらい休めばいい。どうしても休みたくなければ睡眠をたっぷりとり、たまには午後から"出勤"する方法もある。健康面での自己管理もボランティアに求められる重要な要素の一つだ。

 支援物資も大きな問題。実は「救援物資は第二の災害」といわれるほど、現地にとっては厄介な存在なのだ。全国から怒涛の如く送られてくる物資の整理は自治体職員らが人海戦術で行うしかなく、しかも利用価値がない物も大量に含まれている。1993年北海道南西沖地震の被災地・奥尻島では、救援物資 5,000トンの保管のために1000平米の仮設倉庫を3,700万円かけて建築。さらに仕分の結果、衣類を中心とする1200トンが不要と判断され、カビや腐敗など衛生面の問題から焼却処分となり、これに560万円の予算が投入された。

「とりあえず何か送ろう」という安易な支援ほど現地にとって迷惑なことはなく、実際に京都府災害ボランティアセンターのように「救援物資は現地の復旧作業の妨げになる場合があるので送らないように」とサイトではっきりと呼びかけている例もあるほどだ。

 とはいっても、被災地で人助けをしたいという気持ちそのものは非常に尊いもの。先にも述べたように、無償で貢献してくれるボランティアの存在なくして災害復旧が成り立たないのも事実だ。最近では各ボランティアセンターともサイト上でかなりの情報を提供してくれる。まずはネットや電話で被災地の情報を収集し、危険度や必要な経費も考慮に入れながら行くかどうかを判断したい。自己管理が原理原則の大切さを理解したうえで、その時自分ができると思う範囲で参加することが、災害ボランティアのあるべき姿といえるだろう。

http://www.cyzo.com/2011/03/post_6817.html

 周知のように、東北を中心に東日本で大地震による発生しました。連日、現場からの情報が届き、今回の災害が巻き起こした惨状を私たちに伝えています。

 誰もが「被災地の人々を助けるために何かしたい!」との思いに駆られます。事実、現地へは救援のための物資や人々が連日のように到着しています。

 私も何かをしたいと思っている人の一人です。ですが、今は耐えて拙速な行動を抑えるべきだと感じてます。物資も人も現地での受け入れ体制がなければ迷惑なのです。

 何かをしたいとの思いは個人の勝手な感情です。それを満足させるために、現地での状況を無視して行動することは、傲慢な自己満足でしかありません。

 千羽鶴も現地では無用の長物です。食料や衣料品を求めているところで、千羽鶴が何の役に立つのでしょうか。乱暴に言えば、ゴミでしかありません。

 自己満足で済めば良いのですが、それが他人の迷惑をかけることもあります。まして、被災者が困るようなら、もはや何が目的なのかわからなくなります。

 現時点ではまずは冷静に事態を見守ることが、意外に重要だと私は考えます。日常生活を継続して体力と資力を蓄え、必要となった時にいつでも現地に行けるように備えましょう。

 それでも何かしたい場合は、募金がオススメです。しかるべき機関に募金をすれば、その機関が現地と連携して必要な物資や人を組織してくれるはずです。

 くれぐれも怪しい機関には注意しましょう。個人が募っている募金はもってのほかです。それなりの組織であっても募金が現地に届かない場合もありますので、ご注意ください。

 推奨組織は日本赤十字社です。ユニセフよりも信頼できます。本日3月14日より募金を受け付けています

 いずれにしても、過剰な情報に左右されることなく、日常生活を大切に過ごしましょう。

【追記】3月16日
けしからん! けしからん!

【追記】3月17日
ファミポートから日本赤十字社へ募金を送ることができます。500円から募金でき、匿名ですので、気軽に利用できると思います。とりあえず万札をぶち込んできました。

【追記】3月24日
やはり、迷惑な人々が被災地に押し寄せているようです。

ボランティア「仕事ない」 需給ミスマッチ深刻

東京新聞:2011年3月24日

 東日本大震災で復興の担い手となるボランティアが殺到し、作業を割り当てられないという「需給のミスマッチ」が起きている。沿岸部で百体以上の遺体が見つかるなど大きな被害を受けた仙台市若林区のボランティアセンターを二十三日、訪ねた。(森本智之)

 「こんなに待たされるとは。仕事する前に疲れちゃいました」

 受け付けから三時間以上待っていた同市宮城野区の石川明典さん(30)は嘆息した。待合室では大勢のボランティア希望者がいすに座り込んでいる。

 センターは区内の避難所や市民から依頼を募り、ボランティアに仲介する仲人のような存在だ。だが、スタッフは「希望者が多すぎて現時点では回せる仕事がない」と申し訳なさそうに話す。

 午前九時の受け付け開始時から約百三十人が列をつくった。「避難所のトイレ掃除四人」「倒れた家具の片付け五人」…。スタッフが声を掛けると、次々に希望者が手を挙げ、仕事はあっという間になくなっていく。

 余った人たちにはセンターの事務などが割り当てられた。ボランティアは避難所の手伝いや民家内での作業を想定して来る人が多い。若林区の高校三年女子(18)は「被災者と触れ合えるような仕事が良かった。事務作業なら応募しなかったのに」と残念そうだ。

 センター開設直後の十八日には六百人が殺到したが、仕事は五十人分だけだった。ミスマッチが深刻化し、仙台市と宮城県では原則として地元市町村以外からのボランティアを受け入れていない。

 仙台市内より被害の大きい沿岸部では自衛隊や警察による遺体の捜索とがれきの撤去が続く。多くの地域は立ち入り禁止で、ボランティアに適した仕事がない。県社会福祉協議会の担当者は「食料や燃料不足も深刻で、とても各地からボランティアを引き受ける余裕がない」と話す。

 若林区のセンターを運営する仙台市社会福祉協議会若林区事務所の古沢良一所長は「ボランティアは押し売りではなく、被災者のニーズが最も重要。希望に沿う仕事ばかりでないことを理解してほしい」と話す。その上で「立ち入り禁止が解除されれば多数のボランティアが必要になる時は来る。それまでは待っていてほしい」と呼び掛ける。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011032402000025.html

 被災地に勝手に押し寄せて、十分な仕事がないと不満を言っています。被災者とふれあいたい、という欲求を満たすためにボランティアに応募しています。彼らからは自己愛しか感じません。一刻も早く故郷に帰るべきです。

足摺岬

 今日は足摺岬に行ってきました。

・まずはたっぷり車で3時間ほど走る。高速道路が途中までしかない。1時間程度。残りは一般道をくねくねと走った。高速道路の料金は無料であった。
・岬の付け根あたりから足摺岬まで足摺サニーロードを走る。間隔の短いS字道が20分ほど連続する。激しく左右に揺られる。さすがの私もやや車酔いになった。カーブでもう少し減速してぇ。
・足摺岬にはジョン万次郎の銅像が建っている。ジョン万次郎は、漁に出ていた14歳の時に遭難したが、米国の捕鯨船に救出され、船長のホイットフィールドの養子となって米国で勉強した。24歳の時に帰国し、通訳や教師として活躍した。当時の交流は現在の草の根交流の原点となっている。
足摺岬の展望台からの景色は絶品である。視界の270度くらいが海となる。海が青く澄んでいた。さすが国立公園である。
・ここから海の彼方に旅立とうと飛び込む人がいるとして、足摺岬は有名となっていた。現在ではそのような雰囲気もない。柵や草木で囲われてもいる。この景色を自殺と結びつけるのはもったいない。
・料理屋の「あしずり」で昼食をとる。清水さばを食べる。こりこりして美味い。さばのたたきも食べる。これまた美味い。
草の根交流でボランティアを務めている団体の代表に会う。来年2012年に実施予定の米国ホームステイに誘われる。検討中。都合がつけば参加したい。
・代表の人は、他にも地域おこしの商品開発に携わっている。さばぁーがーは彼女の作品のようだ。キルト教室も開いている。こんなところにこんな人がと感嘆した。
・彼女曰く、「あしずり」では「かつお丼」が美味しいとのことであった。昼食の前にその助言を聞きたかった。満腹のため、さすがに追加では食べられない。心残りである。
竜串に行く。これも国立公園の一部である。溶岩が海に流れ込んで洗濯板のように固まっている。見ても歩いても面白いが、足下が危険である。これでは観光地化できない。しなくて良い。
・グラスボートに乗る。船の底がガラス張りになっており、海底の珊瑚礁を見ることができる。熱帯魚も少し見られた。美しい。風が強くて波が高く、ここでも少し酔った。清水さばが海に逆戻りしそうになる。
・料金は50分程度で1260円である。内容に比べれば格安の料金である。乗員は私たち2人だけであり、貸し切り状態であった。十分に珊瑚礁を堪能した。
・竜串の海岸には猫が多くいた。売店の近くに10匹ほどいた。店員さんがえさをあげているとのこと。人慣れていて、触らせてくれた。もふもふ。にゃー。もふもふ。にゃー。
・帰り道に黒潮本陣で温泉に入る。600円。高台から土佐湾を見下ろしながら、温泉にじっくりとつかる。温泉には珍しく水風呂があったので、心置きなく限界まで温泉に挑戦した。体重が2kg減る。

 出発が朝の9時で、帰ってきた時間が夜の9時過ぎでした。今回も行きたいと考えていた場所に、やっと行くことができました。

大分旅行2日目

 今日は大分旅行の2日目です。

・昨晩の酒が残っていたが、朝食をもりもり食べる。牛乳が薄い。これが大分の味か。あるいは、ホテルがけちっているのか。
・バスに乗って九重夢大吊橋に向かう。長さ390m、高さ173mの吊り橋だ。人が渡る振動で吊り橋が揺れるのを感じる。いやまだ酒が残っているだけか。
・雨模様だったが、吊り橋からの景色は見事であった。足下も金網になっており、吊り橋の下にも景色が見える。時間がなく、吊り橋を渡りきることができず残念。
湯布院に向かう。テレビの影響で有名となったが、悪い意味で観光地化していた。へんてこなお店が並ぶ。情緒や景観が台無で残念。
・残念な気持ちのまま帰途につく。再び長時間のバス移動となる。途中で佐賀関港から三崎港までフェリーに乗る。疲れてぐったりする。
・車中で映画のDVDを見る。『カールじいさんの空飛ぶ家』であった。至極感動した。物語の構成が良い。3つくらいの話が1つに凝縮されている感じであった。
・いくつか疑問が残る。ラッセルの家族仲はどうなったのか。カールじいさんとは仲良くなったが、ラッセルの父親との距離は縮まっていない。それで良いのか。
・カールとエリーはなぜ冒険家にならなかったのか。「冒険ブック」の残りページには結婚生活が綴られていたが、それは冒険ではないだろう。いや冒険なのか。
・マンツは死んだのか。飛行船から海に落ちた程度で死ぬようなやつではない。どこかで生き延びているはず。続編を作るための伏線か。ついでにエリーも生き返ったりして。
・行方不明になった空飛ぶ家がパラダイス・フォールのそばでたたずむ終わり方に、思わず涙ぐんだ。台詞ではなく見せ方で演出するのが映画の醍醐味である。
・ギャグがアメリカ的で......いや、映画の感想はこれくらいにしておくか。カールじいさんは大分旅行には関係ない。大作が死亡したとの速報あり。

 最終日の2日目です。

 以上が今回の大分旅行です。1日目の大山町は面白かったですが、2日目は少し残念でした。バス移動も疲弊しました。もっと高速道路が整備されるべきです。次に行くなら飛行機が良いです。

大分旅行1日目

 今日は大分旅行です。

 3月5日(土)から6日(日)までの1泊2日で大分に行ってきました。その様子を、例のごとく、箇条書きで記しておきます。

・早朝出発のため5時頃に起床する。猛烈に眠い。朝食を多めに食べて、体を目覚めさせる。
・バス旅行のため、待合所からバスに乗り込む。目的地まで9時間程度のバス移動となる。主要行事は旅行ではなくバス乗車である。
・途中までは高速道路を走行したが、半分くらいは山間の一般道を走行した。曲がり道の連続で、車中で激しく左右に揺すられる。
・愛媛の三崎港から大分の佐賀関港までフェリーに乗る。三崎港の近くに天然記念物のアコウ樹(クワ科)があった。
・フェリーで昼食をとる。狭いバスの車中から解放されたが、フェリーもそう広くはなく、することもない。海を見ることは5分で飽きた。
・佐賀関港から日田市大山町へと向かう。高速道路で3時間近くかかった。途中で車中から由布岳を見る。
・大山町で梅園を見る。梅を生産して梅酒や梅干しを出荷する一方で、その花も観光資源にしている。収穫のため枝を低く刈り込んである。新鮮な見栄えであった。
・1961年から大山町では一村一品運動が展開されている。山が多い地域で稲作に適さないため、米以外の農産物生産に力を入れている。その成果の1つが梅である。
・梅にも栗やシイタケを生産している。農家の所得を確保することで、地域の活性化を目指し、見事に成功している。その後、一村一品運動は大分県全体に広がっている。
・夜はホテルに泊まる。設備が整った綺麗なホテルであった。温泉街のため競争が激しいことが奏効したのか。競争はやはり重要である。
・夕食後にエアーホッケーを楽しむ。胸を貸すつもりが惜敗してしまう。ぐぬぬ。その後、カラオケも楽しむ。チャンピオンと天城越え。
・寝る前に露天風呂に入る。混浴部分があったので、いさんで乗り込んだが、誰もおらずがっくり。いやどうせ若いのはいないか。

 1日目でした。

大杉と植物園

 今日は大豊町の大杉と牧野植物園に行ってきました。

大豊町の大杉は推定樹齢が3000年の杉の木である。昭和27年に国の特別天然記念物に指定された。高さが60mもある見事な杉である。杉一族の一員として誇らしかった。
・大豊町の大杉は見学に200円が必要であった。施設整備費とのことだが、十分な経費がまかなえているのだろうか。見学者は私たち2人だけであった。
・近くに美空ひばりの遺影碑と歌碑があった。近くでバス事故に遭遇した9歳の時、日本一の歌手になれるように大杉に祈願したとか。意外な縁だが、その縁の善し悪しは判断しかねる。
牧野植物園は五大山にある。日本の植物分類学を築き上げた、高知出身の学者、牧野富太郎が収集した植物などを見ることができる。入園料は600円であった。
・季節柄、鮮やかな植物は少ないが、多種の野生植物などを観賞することができた。温室では熱帯の植物が私たちを迎えてくれた。京都植物園に匹敵する良質であると思われた。
・新規イベントに備え、2m近くの大皿に土を盛り、チューリップなどを植えていた。皿鉢料理をイメージしているとか。食べられないが、数少ない彩りのある花を楽しめた。
・付属施設に牧野富太郎に関する資料館がある。精緻なスケッチや、綺麗な字で書かれた研究ノートが展示されていた。英語も丁寧な字で書かれていた。
・牧野富太郎は子供を13人も作った。おかげで資金難に陥り、収集した植物を売り飛ばす窮地に追い込まれている。13人って、植物か。子供の顔と名前を区別できていたのだろうか。
・レストランでマグロカツと有機野菜のランチを食べた。植物園で植物を見た後に野菜を食べる気持ちは、牧場で牛を見た後にステーキを食べるそれとは異なる。
・だが、植物も動物も見るだけの存在ではなく、食べるだけの存在ではない。片一方の側面だけを強調すると、位置づけが曖昧になる。接近方法によって多様な側面がある。

 朝11時頃に出発して、夕方の17時過ぎに帰ってきました。以前から行きたかった場所を見学できて良かったです。

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benyamin ♂

2012年5月

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