2011年12月アーカイブ

良いお年を

 今年もお世話になりました。

映画『山本五十六』

 今日は映画『山本五十六』を観ました。

 言わずと知れた、日本帝国海軍連合艦隊司令長官であり、真珠湾攻撃を指揮した人物です。山本五十六を題材に、太平洋戦争へと突入していく日本を描いています。

 副題には「太平洋戦争70年目の真実」とありますが、映画に新鮮な要素はほとんどありません。歴史研究の最新の成果を盛り込んでいる点もなさそうで、半藤利一の小説を実写化しただけとも言えるかもしれません。

 とはいえ、その映像化は一定成功していると感じました。ゼロ戦(零式艦上戦闘機)や戦艦長門はもちろん、戦艦大和も出てきますし、航空母艦の飛龍と赤城も登場します。実写技術は高く、ほとんど実物のように見えます。

 出演者の演技力も優れていたと思います。山本五十六役の役所広司ははまり役でした。いつも静かに戦争回避の可能性を探りつつ、飄々としている人柄を見事に演じていました。おそらくは当て役だったのではないでしょうか。

 他にも、理性派の海軍省局長である井上成美を柳葉敏郎、山本と同じく対米開戦に反対し続けた米内光政を柄本明が、それぞれ役にぴったりに演じています。

 ちょっとしか登場しない山本の姉を宮本信子が演じています。贅沢な配役です。久しぶりに見ましたが、もうお姉さんとは言い難い年齢になっていました。

 あと、私の妹であるところの田中麗奈が、安っぽいダンサー役で出演していました。決して意味のない役柄ではないのですが、かの国民的美少女もここまで、と感慨深いものがありました。

 細かい演技にも気配りされています。いくつかありますが、特徴的であった点は、山本がイスから立ち上がるとき、親指を広きながら拳を机に突いて重心を取るところです。

 左手の人差し指と中指をなくしている山本は、そのようにして立ち上がるのが常だったのでしょう。ちょっとした仕草ですが、山本がぐっと身近に感じられる演技だと思いました。

 映画館の客層は、戦争物ということもあってか、年配の方が多かったです。まさか、山本の指揮を受けた人はいないでしょうが、同じ空気を吸っていた人はいたかもしれません。

 が、客としては最低でした。映画が終わりエンドロールに入ったとたん、ほぼ全員がガタガタと帰り支度を初めました。映画鑑賞の作法が身についていない世代だとはいえ、もう一度ガダルカナル島の前線送りにするぞ、と呪いたい気分でした。←もう一度?

 とはいえ、そうした雑音のなか、エンドロールの背景で流れる大海原を見ながら、山本五十六の、いざ戦争になったら徹底的に戦う、が、そうした状況下でも講和の可能性を常に追求していた姿は、現代でも見習うべきだと考えt......おい、おっさん、前を通るな! ったく、もう。

映画『けいおん!』

 今日は映画『けいおん!』を観ました。

 何というか、いつも通りの「けいおん!」でした。もともと、起承転結がある作品ではないですが、映画でも、相変わらずの雰囲気でした。

 私の嫁であるところの律と紬もとても魅力的でした。とくに、紬が空港でふざけて、インタビューされる芸能人になっている場面がとても面白かったです。trailerでも出てきます。やはり、あれはエリカ様の真似でしょうか。

 全体的にとてもスピード感のある作品でした。2時間程度のものですが、あっという間にエンディングになっている、といった感じでした。

 最近の映画に多いのですが、だいたい映画3本分くらいの要素を1本に詰め込んでいます。この『けいおん!』でも、一昔前なら、ロンドンに行く前、ロンドン、帰国後、の3部作となっていたでしょう。

 そのためか、若干詰め込みすぎの感もあり、要所要所で展開が早すぎるところがありました。私の理解力が乏しいこともあるでしょうが、少し消化不良を起こしています。

 何回も観たら把握できるかもしれません。事実、この映画は3回分の半券を集めると、メモリアルフィルムがもらえます。最低3回くらいは覚悟しておけ、ということなのでしょう。とても私にはできませんが。

 映画では、当然ですが、ロンドンの風景がよく登場します。公園にいるリスや白鳥たちなど、なんだか懐かしく思いました。唯が知らずに手を突っ込んで遊んでいた、犬の糞を捨てるためのアレは、私も何かと思い、のぞきこんた経験があります。

 他にも、tubeでの警告音(Mind the Gap)や、横断歩道の確認指示(Look Right)など、有名どころですが、ロンドンでよく見聞きするものたちが出てきます。このあたりも、細かい部分まで確認したいところですが、そのためには、それこそ3回は観る必要がありそうです。

 映画の音楽も良かったです。ロンドンで演奏した曲、最後に演奏した曲はもちろん、挿入歌やエンディングテーマも良かったです。何度も映画館には行けませんが、サントラのCDくらいは買おうかと思っています。

 なお、映画館は、いわゆるオタクたちでいっぱい、というわけではありませんでした。普通の人が普通に観にきていたと思います。あずにゃ〜ん!とか野太い声で叫んでいる人はいませんでしたので、ご安心ください。

歴史認識の是正

 今日は歴史認識の是正です。

日韓首脳会談  懸案乗り越える努力を

 野田佳彦首相と韓国の李明博大統領との首脳会談がきのう、京都で行われた。経済連携協定(EPA)締結交渉の再開などでは一致したものの、従軍慰安婦の問題をめぐる認識の隔たりは大きく、重い歴史を背負ってきた日韓関係の難しさも浮き彫りにした。

 会談のかなりの時間が費やされたのが、慰安婦問題だった。大統領は「優先的に解決する誠実な勇気を持つ必要がある」と強い調子で述べ、日本側に対応を求めた。前日の在日韓国人との懇談会でも問題に言及しており、経済的実利をより重視して直接言及を避けてきたこれまでの姿勢とは一変した。

 背景には日本との交渉を強く迫る憲法裁判所の違憲判断と、少女像設置を契機とした元慰安婦に同情的な国内世論の高まりがある。

 今年8月、韓国の憲法裁判所は元慰安婦の請求権をめぐり政府が具体的な措置を講じてこなかったのは違憲との初判断を下した。今月14日には、元慰安婦の支援団体がソウルの日本大使館前に被害女性を象徴する少女像を設置した。

 これらをきっかけに韓国国内の世論は硬化している。首脳会談で問題提起しなければ「憲法違反」との突き上げに遭うのは必至だ。

 与党候補が敗れたソウル市長選をめぐる内紛や実兄の秘書らが関わる疑獄事件もあり、残り任期1年余りとなった大統領の求心力低下は著しい。来年4月に総選挙、12月に大統領選を控え、世論に配慮せざるを得なかったのだろう。

 日本政府は、植民地支配に関する個人請求権は日韓国交正常化の際の協定で解決済みで、元慰安婦もこれに含まれるとの立場だ。野田首相も会談で日本の立場をあらためて伝えたが、一方で人道的見地から努力する考えも示した。

 村山内閣の1995年、元慰安婦への「償い金」支払いなどを目的に基金が設けられた。役割を終えたとして07年に解散したが、高齢化が進む元慰安婦への支援は課題として残る。日本政府は水面下で要望を聞く努力を続けてきたがなお知恵を絞る必要があろう。

 そのほかの議題は時間切れの感が強い。2004年以来中断しているEPA交渉については再開で一致したが、時期は示されず、前回会談からの進展はないに等しい。

 環太平洋連携協定(TPP)交渉参加の弾みとしたい日本、日中韓自由貿易協定(FTA)を見据える韓国、双方にとって日韓EPAは重要だ。交渉は曲折も予想されるが、粘り強く臨む必要がある。

 北朝鮮の脅威をめぐる防衛協力や拉致問題…。日韓が緊密に協力すべき課題は多く、互いに重要な隣国であることに変わりはない。未来志向の関係構築のため、懸案を乗り越え、大局的見地から歩み寄る努力が双方に求められよう。

[京都新聞 2011年12月19日掲載]

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20111219.html

 いわゆる慰安婦問題に関する京都新聞の社説です。注目すべきは冒頭で「従軍慰安婦」という単語を使っていながら、以後の文章では慰安婦としか言っていない点です。両者の使い分けについて何も説明されないままですので、あたかも両者が同じ意味であるかのように読者を印象づけようとしています。

 高知新聞の社説も「従軍慰安婦」となっています。

【日韓首脳会談】再燃した未来志向の懸案
2011年12月19日08時27分

 野田首相と韓国の李明博大統領が目指す「未来志向」の日韓関係に、「過去」が影を落としそうだ。両首脳の会談で、焦点の従軍慰安婦問題についての話し合いは平行線をたどった。

 李大統領が日韓首脳会談で慰安婦問題に具体的に言及したのは、これが初めてだ。この問題に対し「優先的に解決する誠実な勇気を持つ必要がある」と、日本側に強く迫った。

 これに対し野田首相は、賠償や謝罪については解決済みとの認識を表明した上で、「これからも人道的見地から知恵を絞ろう」と応じた。

 首相は就任後、国際会議以外の最初の外遊先に韓国を選ぶなど、日韓関係重視をアピールしてきた。大統領も過去2回の会談では、慰安婦問題に具体的に言及することは避けてきた。

 両国関係の「トゲ」であるこの問題が再燃したのは、ことし8月の韓国憲法裁判所の判決がきっかけだ。慰安婦と在韓被爆者の賠償請求権について、同国政府が措置を講じなかったのは違憲と断じた。

 その後、韓国内では賠償などを求める議論が沸騰し、ソウルの日本大使館前に従軍慰安婦を象徴する少女の像が設置されるまでになった。首脳会談で野田首相はこの像について「誠に残念だ」と述べ、早期の撤去を求めた。

 韓国では10月のソウル市長選で大統領与党のハンナラ党候補が大敗。その後も米韓自由貿易協定(FTA)批准同意案の国会強行採決など、李政権の求心力低下を示す事態が相次いでいる。大統領も慰安婦問題で世論に配慮せざるを得なかったのだろう。

 首脳会談のタイミングとしては、悪過ぎた。この問題に多くの時間が費やされ、日韓経済連携協定(EPA)締結交渉再開などの問題にこれといった前進がなかったのは残念だ。

 また慰安婦問題と並ぶもう一つの「トゲ」である竹島の領有権をめぐっても、韓国国会議員らの訪問について首脳会談の前日、玄葉外相が韓国側に抗議した。

 慰安婦問題も竹島問題も、容易に解決できることではない。日韓両国が信頼関係を深める中で、冷静に対応すべき問題だ。中国の急速な台頭など東アジア情勢が変化する中で、日本が重要なパートナーであることには、李大統領も異論はあるまい。懸案はあっても、両国は連携の強化に向けて互いに努力を続けるべきだ。

http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=283387&nwIW=1&nwVt=knd

 高知新聞では「従軍慰安婦」が2回も使われています。よほど強調したいのでしょうが、こちらも「従軍慰安婦」と慰安婦との使い分けについては解説されてません。「従軍慰安婦」と書きたいものの、それはできない、ならばこっそり印象づけてしまえ、との必死さが伝わってきます。

 裏返せば、もはや「従軍慰安婦」が存在しなかったことは、歴史的事実としてほぼ確定しつつあるのでしょう。それに伴い、誤った事実に基づいていた歴史認識も是正されつつある、そうした過程に現在はあるのだと思います。

 それを裏付けているのが、この問題の急先鋒であった朝日新聞の社説です。

日本と韓国―人道的打開策を探ろう

 野田首相と李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領との首脳会談は、これまでとうって変わり、元慰安婦の問題をめぐる重い言葉が交わされた。

 個人が受けた被害にどう向きあうかは、歴史認識や領土問題とともに、双方の国民の感情に直接響きあう。ナショナリズムにも流されやすい。

 それだけに政治指導者は、互いに信頼を築き、冷静にことにあたる努力を続けねばならぬ。

 李大統領は日本との公式会談の場で初めて、元慰安婦問題を論じた。「日本政府が認識を変えれば直ちに解決できる」と訴え、「誠意ある温かい心」に基づく対応を求めた。

 なぜそう主張するのか、歴史的にわからないではない。

 日本政府は、1965年の国交正常化時の協定で完全解決したとの立場を一貫してとる。野田首相もそう主張した。

 けれども、正常化交渉の当時に想定していなかった問題が後になって出てきた。元慰安婦はその典型的な例だ。

 今年、韓国政府は憲法裁判所から、日本への個人賠償請求を「交渉しないのは憲法違反」と断じられた。米国との貿易協定や政治腐敗をめぐる政権批判も強まるいま、元慰安婦問題の進展を迫る世論を無視できない。そんな事情もあった。

 ただここで、韓国の人たちに知ってほしい点もある。

 国交正常化で日本が払った資金を、当時の朴正熙(パク・チョンヒ)政権は個人への償いではなく経済復興に注いだ。それが「漢江の奇跡」といわれる高成長をもたらした。

 また、元慰安婦への配慮がなかったとの思いから、日本は政府資金も入れて民間主導のアジア女性基金が償い事業をした。

 この事業は日本政府の明確な賠償でないとして、韓国で受け入れられなかったのは残念だったが、当時の橋本首相ら歴代首相のおわびの手紙も用意した。韓国は韓国で独自の支援をしたけれど、日本が何もしてこなかったわけではないのだ。

 元慰安婦は高齢化し、何人もが亡くなっている。なのに尊厳は侵されて報われぬままという怨念が、支援団体がソウルの日本大使館前にたてた「記念像」につながった。

 野田首相は李大統領との会談で「人道主義的な見地から知恵を絞っていこう」と語った。

 問題を打開する糸口は、ここにあるのではないか。65年の協定で解決したかしていないかではなく、人道的に着地点を見いだしていく。

 それは行政ではなく、政治の仕事だ。日韓の政治がともに探る。そういう時期にきている。

http://www.asahi.com/paper/editorial20111219.html

 朝日新聞の社説には「従軍慰安婦」の文字はありません。あの朝日新聞でさえも「従軍慰安婦」とは書けないほど、単なる慰安婦問題、いや問題でもなく、単なる慰安婦であったことが認識されているのです。それでも賠償しようぜと主張する姿勢は、さすが朝日新聞といったところですが。

 京都新聞や高知新聞が言う「従軍慰安婦」とは何か、是非とも聞いてみたいところです。おそらく明確な回答はないでしょう。もし回答できるとしたら、それはそれですごいことですが。

 そもそも、李明博大統領は日本に「謝罪と反省は求めない」と表明していましたので、今回も日本は取り合う必要もありません。この問題も長くは続かないでしょう。

 というわけで、現代の慰安婦に会いに行くために、ちょっとメキシコに行ってきます。Yukoちゃん、マジ天使。

オフレコ発言の報道

 今日はオフレコ発言の報道です。

 先月11月末に、沖縄防衛局の局長が「犯す」発言をしたことで更迭されました。この発言に対しては鬼畜三昧の私もさすがに擁護できませんが、その一方で、いささか違和感を覚えました。というのは、オフレコの意見交換における発言が報道されたからです。

 オフレコの発言は報道してはいけない、というのは、取材現場を住処としない門外漢の私でも理解しています。それを報道してしまったことに、最近の新聞は質が落ちたな、いや、日本の新聞は死んだ、というか、早く死ね、と思っていました。

 そうは言うものの、マスコミの取材におけるオフレコの位置づけがよくわからずに、オフレコとはそもそもその程度のものなのかもしれぬ、と悶々としていました。そのような折、産経新聞のiZaが非常に興味深い記事を提示しました。

「犯す前に…」発言 琉球新報のオフレコ破りを考える
12/04 12:20

【高橋昌之のとっておき】

 沖縄防衛局の田中聡前局長が11月28日夜の記者団とのオフレコ懇談会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設に関する環境影響評価書の提出時期をめぐり、「(女性を)犯す前にこれから犯しますよと言うか」と発言した問題は、琉球新報が29日付朝刊でオフレコを破って報道、各社も30日夕刊で追随して報道したことから問題化し、田中前局長が更迭される事態に発展しました。さらには野党が一川保夫防衛相の問責決議案提出を決めるきっかけにもなりました。

 確かに田中前局長の発言は、報道されれば沖縄県民をはじめ国民が怒るのは当然の内容です。ただ、私は田中氏の懇談会が「オフレコ」という約束で行われたにもかかわらず、琉球新報が報道に踏み切ったことは、今後の取材活動、ひいては取材、報道の自由、国民の知る権利にも多大な影響を与える可能性があると懸念しますので、今回はこの問題を考えたいと思います。

 取材には「オンレコ」、「オフレコ」という手法があって、オンレコは記者会見などのように実名で発言内容もすべて報道されますが、オフレコは発言を直接報道しないことを前提とした取材をいいます。さらにオフレコには発言者を「政府高官」や「政府筋」、「与党幹部」といった表現にとどめて発言内容は報道するものと、発言者も発言内容も一切報道しない「完全オフレコ(完オフ)」があります。

 田中前局長の懇談会に産経新聞の記者は出席していませんが、朝日新聞の報道によると、懇談会は田中氏が「記者会見以外に率直な意見交換会ができれば」と設定し、約10社の記者が出席、田中氏は会の冒頭、「これは完オフですから」と述べたそうです。

 オフレコは取材する側と取材される側とが約束して成立するもので、田中氏が「完オフ」とすることを要請し、それに出席した記者が反対しなかったわけですから、「完オフ」は成立したことになります。

 田中前局長の発言は「完オフ」という安心感から本音が出たといえばそうかもしれませんが、発言内容が報道されるという前提での懇談会なら、田中前局長はおそらく「犯す前に…」という発言はしなかったでしょう。それにもかかわらず、「完オフ」との約束に応じておいて、発言を聞いた後で「けしからん内容だから、約束を破って報道する」というのは「だまし討ち」です。

 では、出席した記者たちは本来、どうすべきだったのでしょうか。私はまず、懇談会に出席した記者側が田中前局長の発言内容次第では報道するという意思があったのなら、田中前局長が「完オフで…」と言った時点で、「了解できない」と反対して「オンレコ」にすべきだったと思います。

 そうせずに「完オフ」を受け入れて懇談会に臨んだ以上、記者側には約束を守る道義的責任があります。それでも、発言内容は「どうしても報道する必要がある」と判断したのなら、その場で田中前局長に対して「発言内容を報道したい」と提起して、同席した記者とともに対応を協議すべきでした。

 現場にいた記者はなぜそうしなかったのでしょうか。おそらく「報道しなければならない」との感覚がなかったからでしょう。それにもかかわらず、琉球新報が報道したのは、「田中前局長の発言内容について社内で議論し、人権感覚を疑う内容の上、重要な辺野古移設にかかわる発言で、県民に伝えるべきニュースだと判断した」からとのことです。

 また、琉球新報は掲載にあたってあらかじめ防衛局側に通告したそうですが、それで済む話ではありません。懇談会には約10社の記者が同席していたのですから、まずそれらの社と協議したうえで田中前局長に「完オフの解除」を求めて同意を得るべきでした。そこまできちんと手続きを踏まなければ、田中前局長だけでなく出席した他社との道義的責任も破ったことになります。

 取材で記者がオフレコに応じるというのは、それほど重い判断なのです。取材はあくまでオンレコが基本であって、記者側はオフレコにすることを安易に考えてはなりません。懇談会に出席した記者が「完オフ」に同意したことも、発言内容を受けて田中前局長とすぐに協議しなかったことも、琉球新報が一方的に約束を破って報道したことも、オフレコに対する認識の甘さが根底にあります。

 実は私も同様の問題を経験したことがあります。平成7年11月に当時の江藤隆美総務庁長官が記者会見後のオフレコ懇談で、日韓併合をめぐり、「日本は植民地時代にいいこともした」と発言したことが報じられ、辞任した問題です。

 私は当時、首相官邸クラブのキャップ代行で、産経新聞社は内閣記者会(首相官邸担当の記者クラブ)の幹事社でした。江藤氏の発言は、同氏が「ここからはオフレコだ」と宣言し、出席した記者も反対しなかったため、オフレコが成立したうえでの発言だったことから、発言直後は報道されませんでした。

 しかし、その後、韓国の東亜日報が江藤氏の発言を報道したことから、内閣記者会も追随して報道するかどうかの判断を求められました。このため、私は内閣記者会の幹事社の責任者として、各社キャップによる協議を行いました。

 各社からは「海外のプレスとはいえ報道された以上、オフレコは解除すべきだ」との意見も出ましたが、まずは江藤氏にオフレコの解除を求めることになりました。そこで、幹事社が代表して江藤氏に「オフレコ解除」への同意を要請しましたが、江藤氏は「自分はオフレコだから発言した。報道される前提ならそういう発言はしなかった」と同意しませんでした。

 その結果を各社の代表者に報告して再度、対応を協議した結果、意見は分かれましたが、多数決で「オフレコに同意した以上、報道はしない」との結論に至りました。しかし、毎日新聞と東京新聞は「内閣記者会からペナルティーを受けても報道する」として報道、内閣記者会は両社に対して「首相官邸出入り禁止1カ月間」というペナルティーを課しました。

 この問題を受けて、全国のほとんどの新聞社が加盟する日本新聞協会の編集委員会は、オフレコ問題について協議し、平成8年2月に見解をまとめて発表しました。

 見解は「オフレコはニュースソース(取材源)側と取材記者側が相互に確認し、納得したうえで、外部に漏らさないことなど、一定の条件のもとに情報の提供を受ける取材方法で、取材源を相手の承諾なしに明らかにしない『取材源の秘匿』、取材上知り得た秘密を保持する『記者の証言拒絶権』と同次元のものであり、その約束には破られてはならない道義的責任がある」と、オフレコ破りを禁じています。

 その理由として「新聞・報道機関の取材活動は、もとより国民・読者の知る権利にこたえることを使命としている。オフレコ取材は、真実や事実の深層、実態に迫り、その背景を正確に把握するための有効な手法で、結果として国民の知る権利にこたえうる重要な手段である」と、オフレコ取材の必要性を指摘しています。

 そのうえで、「ただし、これ(オフレコ取材)は乱用されてはならず、ニュースソース側に不当な選択権を与え、国民の知る権利を制約・制限する結果を招く安易なオフレコ取材は厳に慎むべきである」として、あくまでも取材はオンレコを基本とすべきで、オフレコを乱用しないよう警告しています。

 私はこの見解に全く同感ですし、加盟社はこの見解に従うべきです。私自身、約20年間の政治取材を通して、記者会見などのオンレコ取材だけでは、読者に対して真実や事実の深層や実態を伝えることはできないと実感しています。オフレコを条件に取材対象からオンレコでは聞けない本音や、深層などを聞き出すことは、読者に対して正確で充実した報道を行うには必要不可欠だからです。

 しかし、今回の田中前局長の発言が報道された経緯や、各紙の報道ぶりをみると、この日本新聞協会の見解を知らない社や記者がほとんどなのではないかと思ってしまいます。つまり、オンレコ、オフレコの意義も含めて取材、報道はどうあるべきかという基本姿勢が乱れているのではないでしょうか。

 田中前局長の発言を最初に報道した琉球新報も、もちろん日本新聞協会に加盟していますから、協会の見解に従った行動をとるべきです。30日付朝刊で田中前局長の発言を報道するにあたり、オフレコ発言による問題の経緯や日本新聞協会の見解を掲載し、琉球新報のオフレコ破りについて問題を提起したのは産経新聞と朝日新聞だけでした。毎日新聞はオフレコ問題には一切言及せず、田中前局長の発言を1面コラムの「余録」と社説で厳しく批判しました。

 一方、読売新聞は1面コラムの「編集手帳」で、「非公式の記者懇談にしても、今回はかばいようがない」として、オフレコ破りも仕方がないとの見方を示しました。

 さらに驚いたのは東京新聞の論評です。まず1面コラムの「筆洗」で「琉球新報が非公式発言を書いたことは言葉狩りとは思わない。オフレコが前提の懇談でも、人権感覚を著しく疑わせる防衛局長の発言への怒りが、記事化の根底にあったのだろう。その決断を支持したい」とオフレコ破りを支持し、社説でも「発言の重大性を鑑みれば報道するのは当然だろう。まずは琉球新報の報道姿勢を支持する」としました。

 読売新聞と東京新聞の論評は、オフレコでの発言であっても「記事にする必要がある」と判断したら、「オフレコを破りますよ」と宣言しているようなものです。これでは今後、オフレコの約束が守られない可能性があり、両社の記者を入れてオフレコの懇談会をやることはできなくなります。両社が今後はオフレコの懇談会には出席しなくてもいいというなら別ですが、そこまで考えてのことだとは思えません。

 一方、取材対象側からしてみれば「オフレコの約束をしても内容によっては後で破られる」ということになってしまうと、今後、オフレコ取材に応じない理由に正当性を与え、その動きが広がりかねません。オフレコは守るという日本新聞協会の見解に沿った報道姿勢の社にとっては、取材の機会が狭められてしまうことになります。

 非公式発言をめぐっては、今回の田中前局長の問題だけでなく、最近では鉢呂吉雄前経済産業相が「放射能をうつしてやる」との趣旨の発言をして更迭された問題がありました。あの発言は、国会議員宿舎の玄関前という周囲にいれば誰でも聞こえる状況での発言でしたから、私はオフレコは成立していないと思いますが、聞いていて報道しなかった記者にはオフレコという認識があったようです。

 数年前まで国会議員の夜回り取材の多くは、議員の宿舎の部屋や自宅で行われていましたから、オフレコが守られる状況でしたが、現在は宿舎前での立ち話ですから、オフレコが成立する状況にはありません。したがって、これについてはもはやオンレコ取材とすべきではないでしょうか。

 このように、現在の取材現場は、オンレコとオフレコの取り扱いが乱れてしまっています。日本新聞協会は今回の問題を契機として、改めてオフレコ問題について協議し、見解を確認すべきだと思います。そしてもちろん、現場の記者一人ひとりも、この問題を真剣に考えて取材に臨むべきです。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/537285/

 秀逸な記事です。今回の意見交換がオフレコのなかでも完全なオフレコ(完オフ)であったこと、オフレコに関しては平成7年11月の江藤大臣(当時)の事件を教訓に日本新聞協会が業界の決まりを作成したこと、その決まりを日本新聞協会に加盟している琉球新報が破ったこと、が明快に解説されています。

 とても勉強になりました。なお、こちらが日本新聞協会のオフレコ取材に関する見解です。こうした見解を踏みにじった琉球新報に対する静かな、しかし、強い憤りを、記事から感じました。貴重な情報源であるオフレコ取材を封じられる可能性があるから当然でしょう。

 震源地となった琉球新報は左翼の新聞です。琉球新報は、名前の通り、新聞というより左翼の機関誌です。消えつつある左翼勢力ですが、起死回生をはかって沖縄防衛局長を生け贄に捧げたのでしょう。えげつないやり方だと嫌悪する一方で、そうまでしなければ消滅してしまうとの必死さが感じられました。

 戦後はもうすぐ、本当の意味で、終わりそうになっているな、と改めて思いました。

 ちなみに、高知新聞は12月1日の社説でこの問題を取り上げています。

【沖縄局長暴言】「正心誠意」が問われる
2011年12月01日08時26分

 沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題をめぐり沖縄や女性を侮辱する発言をしたとして、田中聡沖縄防衛局長が更迭された。

 名護市辺野古への県内移設に向けた手順として、政府は同県に環境影響評価(アセスメント)の評価書を提出する。田中局長はその時期を問われ、「犯す前に、犯しますよと言いますか」と応じたとされる。

 米軍基地が集中する沖縄の忍苦に真面目に向き合い負担軽減を本気で考えている人の口からは、こうした言葉は決して出まい。更迭は当然だ。

 沖縄をめぐっては日米の政府高官らによって、不適切な発言が繰り返されている。県民はもとより国民一般にとっても聞くに堪えないことだ。

 田中氏は以前にも那覇防衛施設局に勤務し地元との調整に当たるなど、基地問題のエキスパートの一人だったという。沖縄への理解が深いと思われていただけに、「裏切られた」と感じる県民は多いはずだ。

 沖縄がどれだけ辺野古移設に反対しようとも、最後には同意なしでまた不合理な負担を押しつければよい―。田中氏の蔑視発言からはそんな意識さえ感じられる。

 米軍による事件事故の脅威におびえ、不平等な日米地位協定も一向に改定されない。そんな状況が放置されてきたことを、沖縄では国家による構造的差別ととらえてきた。田中発言はそうした思いを強めたに違いない。

 今回の問題は、田中氏の更迭だけで済まされない点も深刻だ。

 政府はアセスの年内提出方針を堅持している。野田首相がオバマ米大統領との会談で表明した「対米公約」でもあるからだろう。しかし、田中発言で沖縄の理解を得るハードルは格段に上がった。現状のまま強行すれば沖縄との溝は絶望的に深まる。

 普天間移設問題を進展させるには沖縄との信頼関係が不可欠だ。それを無にしてまで年内提出にこだわることが得策とは思えない。今は首相が沖縄に行くなどして信頼を少しでも取り戻すよう、努力するべき時ではないか。首相の「正心誠意」が問われる。

 辺野古移設の日米合意一点を追求することも疑問だ。米議会には辺野古以外の案を模索する動きもある。それを踏まえながら沖縄の民意を尊重した移設案を検討できないか。日本にはもっと主体的な外交が求められる。

http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=282711&nwIW=1&nwVt=knd

 オフレコ発言が報道されたことには一切触れていません。琉球新報の行為に賛同もしない代わりに批判もしていません。でも、報道内容を論拠に権力に対してはきっちり難癖をつけています。かつては時代を牽引した土佐のジャーナリズムも、今ではこの程度です。

死刑制度支持の根拠

 今日は死刑制度支持の根拠です。

■冤罪の可能性がある
すべての刑罰に冤罪はあるので死刑に限って反対する理由にならない。
さらに現行犯も死刑にできなくなる矛盾。

■命は取り戻せない
取り戻せないことを論点にするなら時間も取り戻せない。
ならば懲役も反対しなければダブルスタンダートである。

■死刑廃止は世界の潮流である
嘘。死刑廃止は90国、死刑存置は97国。
さらに、潮流とやらで内政を決定しなければならない理由は主権国家である以上まったく無く、
仮にそうならば真っ先にあなたは9条の廃止と軍隊を持つように主張しなければダブルスタンダートである。

■抑止力が無い
嘘。非常に大きな抑止力があると証明されている。(一件執行されるたびに殺人が5件減少する)

■国が殺人を容認するのはおかしい
刑罰は殺人では無い。正当な司法である。ならば懲役は監禁、罰金は恐喝になる。

■犯罪者にも人権がある
自然権以外の人権は国が保障したものであり国の法に反した者の人権を制限することは何も矛盾が無い。

■終身刑でいいだろ
日本の刑務所は"満員"を超えて116%の収容率になっている。場所が足りない。税金も無駄。
さらに、死刑になるような凶悪犯罪に対する罰がその程度では国民が納得しない。
国勢調査で8割の国民が死刑を望んでいると出ている。

■自分がいつか殺人を犯すかもしれないだろ!
犯しません。普通は加害者になることよりも被害者になることを心配します。

■刑務官がかわいそう!
職業選択の自由が日本にはあります。

■野蛮!
日本は世界のどの廃止国よりも犯罪率の低い国です。ちなみに廃止国は現場で射殺しています。
日本では正当防衛で撃っただけで問題になります。

■死んでいる被害者よりも生きている加害者を助けよう!そのほうがインテリ!
んなこと言ってるから支持が得られないんだよ、犯罪者の味方さん。

 良くできたコピペです。「■」の内容が次第に感情論になっていくところも見所です。

裏紅白2011

 今日は裏紅白2011です。

 今年も裏紅白の出場者が発表されました。ここ数年は、トップバッターがタモリで固定されています。今年のトリははっぱ隊です。YATTA!を聞きながら新年を迎えてほしいとの、制作者の心遣いがたまらないです。

 今年の特徴は、なんと言っても黒組の参入でしょう。私のパソコン環境のせいか、一部の名前と曲名がちょっと読めませんが、きっと大物たちがものすごい歌を披露してくれることでしょう。何せ、普段から組を名乗t、うわ、なにをするやめ

 なお、終盤で森山直太朗の「うんこ」がありますが、これはネタではなく、本当に彼が歌っている歌です(参照:Google先生)。心温まる歌ですね。

自己紹介

benyamin ♂

2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

月別アーカイブ

Powered by Movable Type 5.13-ja
Support Wikipedia