『マンガのあなた SFのわたし』

 今日は萩尾望都『マンガのあなた SFのわたし − 萩尾望都 対談集 1970年代編』を読みました。

 副題にある通り、この本は萩尾望都が1970年代に行った対談を集めたものです。それだけでも歴史的資料として貴重な本ですが(なお、萩尾望都はまだ存命中というか活躍中)、ただの対談集ではありません。対談の相手が超一流どころばかりなのです。

 対談の相手を列挙すれば、手塚治虫、水野英子、石森章太郎、美内すずえ、寺山修司、小松左京、松本零士、です。萩尾望都が何を考えて漫画を描いているのか、彼らとの対談のなかで少しずつ見えてきますが、一方で、彼ら自身の考え方も浮かび上がってくる点が、この対談集の要であると思います。

 とはいえ、こうした面々との対談は、女性作家がマンガを描くこと、とくに、女性がSF漫画を描くことを論じることが中心的な内容となっています。重要な点ではあるのですが、現在では新鮮みのない論点であり、やはり時代的な限界があるように思われました(一方、寺山修司との連想ゲーム的な対談は、不思議な空間を感じられましたが)。

 巨匠たちとの対談以上に、私が本書で肝だと感じた部分は、特別対談として収録されている、羽海野チカとの対談です。この対談は、時期は明示されていませんが、内容から判断するに、2000年代末ごろに行われたものです。現代の対談であり、また、同じ女性作家同士の対談ということもあり、1970年代の対談とは質が異なっています。

 萩尾望都と羽海野チカとの対談の中身は、漫画の技術的な側面です。羽海野チカが自他共に認めるオタクであることもあり、萩尾望都の技術的な特徴を嬉々としながら話しています。そして、その技術が自分の漫画にも継承されていることを、これまた嬉しそうに話しています。

 羽海野チカの楽しそうに語る姿を見るだけでも(いや、活字だけなので姿は見えませんが)、本書には読むべき価値がありますが、1970年代と比較して現代の少女漫画評論がどのように進化したのか、つまり、女性が漫画を描くこと自体を論じる時代から、少女漫画の内的な技術について論じる時代へと進化したことについても、よくわかる本になっています。

 付け加えて、個人的に、私がもっとも印象に残った部分は、萩尾望都との対談のなかで、羽海野チカが『ハチミツとクローバー』の結末について言及しているところです。あの結末には作者のところにもいくつかの感想、とくに不満が多く寄せられたと羽海野チカ本人も対談で話していますが、そうした評価に対して「大丈夫だ」と言っています。

 というのは、『ハチクロ』の話はあのかたちで終わりましたが、その後は萩尾望都の『ゴールデンライラック』に続くから、と羽海野チカは言います。つまり、竹本君はまだはぐちゃんと一緒になるには、もっと長い年月が必要となる、ということです。途中で森田と一緒になることもあるでしょうが、最後は竹本君とハグちゃんが一緒になる、と。

 いささか詭弁のような感じですが、私は妙に納得してしまいました。確かに、あの段階で二人が一緒になっても、将来の展望は明るくはありません。それよりも、しばらくは別の道を歩んだほうが、結果的に幸せかも! 一時の別離で判断してはいけないんだ! 私の漫画の読み方を再考させられました。この意味でも、本書を読んで勉強になりました。

 ......でも、あの気味悪いサンドイッチはないよね? ないよね?←大事なことなので2回言い(略

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benyamin ♂

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