『日米開戦の真実』

 今日は佐藤優『日米開戦の真実』(2011年、小学館文庫)を読みました。

 副題は「大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」です。大川周明と言えば、いわゆる東京裁判で、東条英機の頭をひっぱたいた変人として有名です。

 その変人の彼が書いた『米英東亜侵略史』をなぜ読み解く必要があるのでしょう。それは大川周明が決して変人などではないことを示すためだと私は受け止めました。

 大川周明の『米英東亜侵略史』は、アメリカの帝国主義的な普遍主義と、地政学的に重要な満州への介入とにより、日本はアメリカと戦争しなければならないことを、非常に精緻な実証に基づいて明らかにしています。日本の戦後教育では、暴走した軍部が、何も知らない国民を「鬼畜米兵!」のプロパガンダで動員して、アメリカとの戦争に巻き込んだ、という歴史観が主軸になっていますが、それが史実ではないことが『米英東亜侵略史』から読み取れる、と著者は言います。

 『米英東亜侵略史』は1941年12月にNHKラジオで放送された連続講演を元にしています。全12回にわたる連続講演は、当時の日本政府がアメリカと開戦した目的と経緯について国民に対する説明責任を果たすための取り組みの1つでした。連続講演は好評を博し、それをまとめた『米英東亜侵略史』は非常に売れて、多くの国民に読まれたそうです。この知的水準の高さを考えれば、当時の日本の国民は軍部に騙されたのでもなく、集団ヒステリーにとりつかれたのでもなかった、と著者は主張しています。

 当時の国際情勢を正確に認識していた大川周明は、戦争の原因となったアメリカが戦勝国側に立って日本を裁く東京裁判を茶番だと一蹴しました。その結果が、あの「ひっぱたき」なのです。他にも法定内で異常な行動を繰り返したため、精神異常と判断されて彼は裁判から除外されます。が、これは、大川周明が『米英東亜侵略史』に基づいて論争した場合、戦勝国側が不利になることを恐れたのではないか、ということを著者は示唆しています。

 大川周明は変人であるとの、今日の認識はそれこそプロパガンダであると思いました。戦勝国側にとって大川周明は変人でなければならなかったのです。したがって、国民にも彼は変人であると思い込ませなければならないのです。その証拠に、彼は裁判から除外されて入院した先では、精神異常はないと診断されています。それでも裁判には復帰できず、東京裁判終了後に退院を許されています。彼の知性はよほど恐れられていたのでしょう。

 その一方で、当時の日本国民が大川周明の言説を本当に理解していたかどうかは疑問に思います。本書には『米英東亜侵略史』が掲載されています。元がラジオ放送ということもあり、文章は平易でわかりやすいですが、内容は決して平易ではありません。これを当時の人々がどれほど理解していたのか。ほとんどの人は何となく大筋がつかめる程度だったと思います。

 とはいえ、一般に流布する、国民を騙して戦争に駆り立てた、とかの歴史観は、事実であるとは言い難く、至極一面的な味方であると思いました。我々の歴史観、とくに戦前に対する歴史観はまだまだ修正される必要があるようです。

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benyamin ♂

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