映画の最近のブログ記事

映画「かぐや姫の物語」

 今日は映画「かぐや姫の物語」を鑑賞しました。

 ジブリによる原作「竹取物語」の映画化です。ジブリと言っても、監督は高畑勲です。一言で言えば、壮大な「まんが日本昔ばなし」といったところでしょうか。その意味では、評価がわかれる映画だと思います。

 映画の要は、なぜかぐや姫は地球に来たのか、という点です。その謎に、原作でも描かれていない部分を補完するなかで、迫っています。

 描かれていない部分とは、かぐや姫の子供時代です。原作では、竹から生まれた後、すぐに大きくなって美しくなり、貴族たちを手玉にとっています。しかし、その省かれた子供時代にこそ、かぐや姫が地球に来た理由があるのではないか。

 謎に対する「回答」について、私は納得して楽しむことができました。少しの余韻と解釈の幅とを残して終わります。このあたりを楽しめるかどうかが、映画に対する評価の分かれどころでしょう。

 それにしても、女童(めのわらわ)がかわいい←これが言いたかっただけです。

映画「風立ちぬ」

 今日は映画「風立ちぬ」を鑑賞しました。

 宮崎駿監督による堀越二郎物語です。物語は堀越二郎の少年時代から、31歳で零戦の原型を完成させるところまでです。欧米に20年遅れていた航空機技術を何とか発展させようと奮闘する堀越二郎の姿が描かれます。

 物語の大半は堀越二郎が理想的な航空機を追い求める過程に費やされます。監督の宮崎駿が航空機が大好きで、それをたっぷりと描きたい、という気持ちが伝わってきます。

 一方で、物語にはもう一つの軸があります。それは妻、菜穗子との出会いと別れです。堀越二郎は20歳のとき、幼少の菜穗子と出会い、30歳に再会して結婚します。く、くそぅ、うらやましくなんか、うらやましくなんか。

 結婚後、堀越二郎が31歳のとき、菜穗子とは別れることになります。彼女は結核を患っており、最期を迎える前に堀越二郎の前から立ち去りました。自分の美しい姿だけを彼に残して。

 残された時間をばたばたするのではなく、それを受け入れて菜穗子は必死に生きます。その姿勢が映画のキャッチフレーズである「生きねば」なのでしょう。

 菜穗子のとの別れと同時に、堀越二郎は零戦の原型を完成させます。堀越二郎の理想と菜穗子の生き様とが零戦となって結実した、と私は読み取りました。

 菜穗子と出会わなければ、きっと零戦は完成しなかったでしょう。堀越二郎にとって菜穗子は零戦の設計図に欠かせないものだったと思います。もっとも、私の好みで言えば、妹の加代のほうがデュフフ。

 今回の映画では、宮崎アニメで恒例となった、上手そうな食べ物が出てきません。唯一、シベリア(洋菓子、シベリヤ?)が出てくるくらいです。堀越二郎の友人、本庄が紅茶とともに上手そうに食べています。

 私が鑑賞した日は大晦日でしたが、映画館にいたお客さんはなぜだか外国人がほとんどでした。外国人にとって年末年始は単なる休みであるということと、外国人にもこの映画は注目されているということがよくわかりました。が、いずれの外国人も日本語がわかりそうにもありませんでしたが、ちゃんと理解できたのかどうか、不安になりました。

映画『ステキな金縛り』

 今日は映画『ステキな金縛り』を観ました。

 無実の罪を証明するために、唯一の証人である幽霊に、法廷で証言してもらう物語です。典型的な喜劇であり、これぞ娯楽映画の本流であると言える作品でした。映画館にいる誰もが大爆笑していました。それほど面白かったです。

 ただ、何というか、テレビドラマとかで十分な内容のようにも感じました。映画としては内容が濃くありません。最近の映画ような、とにかく素材を詰め込んだ内容に、私も毒されているのでしょうか。

 それでも出演者たちの演技力は確かであるので、最後まで乗り切れました。喜劇に欠かせない西田敏行の存在も大きいですが、とくに阿部寛と中井貴一の演技が光っていました。彼らの演技が映画全体を支えています。

 逆に、草薙剛はダメでした。最後に登場して美味しいところを持って行く役ですが、役に合っていません。彼の存在が映画を台無しにしてしまいました。最後に登場するためか、映画全体にも悪い印象が残りました。

 次回作に期待です。

映画『源氏物語』

 今日は映画『源氏物語』を観ました。

 作者とされる紫式部が、時の権力者、藤原道長にいきなり強姦されるところから始まるこの映画は、事後、式部がなぜか道長を愛してしまい、その想いを「源氏物語」に込めた、との解釈を主軸としています。

 道長を光源氏に見立てる一方で、式部は自らを六条御息所として物語に登場させた、との図式で映画は構成されています。そう、あの嫉妬に狂い、源氏の君に近寄る女性たちを呪い殺しまくる六条御息所は、道長を愛してやまぬ式部自身であった、という物語です。

 主人公は光源氏あるいは藤原道長ですが、映画の中心は紫式部であり、その写しである六条御息所となっています。その六条御息所を私の妹であるところの田中麗奈が見事に演じていました。先日に観た『山本五十六』では脇役でしたが、今回は実質的に主役です。少し安心しました。

 映画では平安時代の貴族社会が再現されています。衣装はもちろん、青海波などの雅楽、暮らしぶりが映像になっています。私が着目した点は御簾です。御簾を通じてお互いの顔や屋敷からの景色を見る場面がいくつかあり、当時の人々はこのように見ていたのか、と感じることができました。

 また、御簾越しに物を受け渡しする場面も興味深かったです。六条御息所が光源氏に書の手本を渡すとき、御簾の隙間から手だけを見せつつ渡します。本当に手だけしか見えません。ここから性交まで持ち込むのですから、光源氏はやはり凄腕ですな。

 物語は六条御息所が都から離れるところで終わります。このままでは光源氏に近づく女性を次々と人を呪い殺してしまうと、六条御息所は自ら光源氏のそばから去ります。自分の恋愛よりも、相手の幸せを考える、そのような六条御息所の姿に、光源氏は何が最も大切なのか、やっと理解しました。めでたし。めでたし。

 って、何を終わっているんだ! 紫の上がまだ出てきていません。紫の上が出てこないまま、映画は終わりました。ダメです。この映画はダメです。くそです。制作者はいったい、源氏物語を何と考えているのでしょうか。

 源氏物語と言えば紫の上、紫の上と言えば源氏物語、世界の常識です。それなのに、紫の上が出てきません。これはもはや源氏物語ではありません。単なる紫式部物語です。映画の名前は偽りです。ウソです。羊頭狗肉です。

 源氏物語の肝は、街角で見かけた紫の上を拉致して、屋敷に監禁しつつ理想の女性に育成する過程です。いわゆる光源氏計画です。人類の夢の計画です。誰しもが抱く夢は、はるか1,000年も前に完成されていた、それが源氏物語なのです。

 私を愛しているなら、私が何をしても許してくれ、とか言いながら、光源氏が紫の上の純血を散らす場面とか、どのように映像化されているのか、いろいろなところを膨らませながら、楽しみにしていました。楽しみにしていました。楽しみにしていました。

 それなのに、紫の上が出てこないとはどういうことでしょうか。ツンデレの葵の上は出てきているのに。せめて癒し系の花散里が出てきていれば。いや、それでも、紫の上のいないことの穴埋めにはなりません。

 私はうなだれるようにしながら、映画館を後にしました。ここまでがっかりした映画は久しぶりです。しょんぼり。

<参考>

紫上     ロリ
藤壺     義母(母の面影あり)
葵上     ツンデレ年上妻
夕顔     病弱、死亡フラグ
六条の御息所 ヤンデレ
明石上    委員長タイプ(中流家庭)
朧月夜    奔放なお嬢様
末摘花    ブス、どじっ娘
源典侍    熟女
花散里    癒し系
女三の宮   寝取られ
玉鬘     親娘丼

(息子ルート)
雲井雁    幼馴染
大君・中の君 姉妹
浮舟     自殺未遂(バッドエンド)


空蝉     パッケージ絵のみ 攻略不能(ファンディスク発売未定)
朝顔     パッケージ絵のみ 攻略不能(同上)
桐壺     実母、パッケージ絵のみ 攻略不能(同上)

 物語の源流は源氏物語にあることがよくわかります。

映画『山本五十六』

 今日は映画『山本五十六』を観ました。

 言わずと知れた、日本帝国海軍連合艦隊司令長官であり、真珠湾攻撃を指揮した人物です。山本五十六を題材に、太平洋戦争へと突入していく日本を描いています。

 副題には「太平洋戦争70年目の真実」とありますが、映画に新鮮な要素はほとんどありません。歴史研究の最新の成果を盛り込んでいる点もなさそうで、半藤利一の小説を実写化しただけとも言えるかもしれません。

 とはいえ、その映像化は一定成功していると感じました。ゼロ戦(零式艦上戦闘機)や戦艦長門はもちろん、戦艦大和も出てきますし、航空母艦の飛龍と赤城も登場します。実写技術は高く、ほとんど実物のように見えます。

 出演者の演技力も優れていたと思います。山本五十六役の役所広司ははまり役でした。いつも静かに戦争回避の可能性を探りつつ、飄々としている人柄を見事に演じていました。おそらくは当て役だったのではないでしょうか。

 他にも、理性派の海軍省局長である井上成美を柳葉敏郎、山本と同じく対米開戦に反対し続けた米内光政を柄本明が、それぞれ役にぴったりに演じています。

 ちょっとしか登場しない山本の姉を宮本信子が演じています。贅沢な配役です。久しぶりに見ましたが、もうお姉さんとは言い難い年齢になっていました。

 あと、私の妹であるところの田中麗奈が、安っぽいダンサー役で出演していました。決して意味のない役柄ではないのですが、かの国民的美少女もここまで、と感慨深いものがありました。

 細かい演技にも気配りされています。いくつかありますが、特徴的であった点は、山本がイスから立ち上がるとき、親指を広きながら拳を机に突いて重心を取るところです。

 左手の人差し指と中指をなくしている山本は、そのようにして立ち上がるのが常だったのでしょう。ちょっとした仕草ですが、山本がぐっと身近に感じられる演技だと思いました。

 映画館の客層は、戦争物ということもあってか、年配の方が多かったです。まさか、山本の指揮を受けた人はいないでしょうが、同じ空気を吸っていた人はいたかもしれません。

 が、客としては最低でした。映画が終わりエンドロールに入ったとたん、ほぼ全員がガタガタと帰り支度を初めました。映画鑑賞の作法が身についていない世代だとはいえ、もう一度ガダルカナル島の前線送りにするぞ、と呪いたい気分でした。←もう一度?

 とはいえ、そうした雑音のなか、エンドロールの背景で流れる大海原を見ながら、山本五十六の、いざ戦争になったら徹底的に戦う、が、そうした状況下でも講和の可能性を常に追求していた姿は、現代でも見習うべきだと考えt......おい、おっさん、前を通るな! ったく、もう。

映画『けいおん!』

 今日は映画『けいおん!』を観ました。

 何というか、いつも通りの「けいおん!」でした。もともと、起承転結がある作品ではないですが、映画でも、相変わらずの雰囲気でした。

 私の嫁であるところの律と紬もとても魅力的でした。とくに、紬が空港でふざけて、インタビューされる芸能人になっている場面がとても面白かったです。trailerでも出てきます。やはり、あれはエリカ様の真似でしょうか。

 全体的にとてもスピード感のある作品でした。2時間程度のものですが、あっという間にエンディングになっている、といった感じでした。

 最近の映画に多いのですが、だいたい映画3本分くらいの要素を1本に詰め込んでいます。この『けいおん!』でも、一昔前なら、ロンドンに行く前、ロンドン、帰国後、の3部作となっていたでしょう。

 そのためか、若干詰め込みすぎの感もあり、要所要所で展開が早すぎるところがありました。私の理解力が乏しいこともあるでしょうが、少し消化不良を起こしています。

 何回も観たら把握できるかもしれません。事実、この映画は3回分の半券を集めると、メモリアルフィルムがもらえます。最低3回くらいは覚悟しておけ、ということなのでしょう。とても私にはできませんが。

 映画では、当然ですが、ロンドンの風景がよく登場します。公園にいるリスや白鳥たちなど、なんだか懐かしく思いました。唯が知らずに手を突っ込んで遊んでいた、犬の糞を捨てるためのアレは、私も何かと思い、のぞきこんた経験があります。

 他にも、tubeでの警告音(Mind the Gap)や、横断歩道の確認指示(Look Right)など、有名どころですが、ロンドンでよく見聞きするものたちが出てきます。このあたりも、細かい部分まで確認したいところですが、そのためには、それこそ3回は観る必要がありそうです。

 映画の音楽も良かったです。ロンドンで演奏した曲、最後に演奏した曲はもちろん、挿入歌やエンディングテーマも良かったです。何度も映画館には行けませんが、サントラのCDくらいは買おうかと思っています。

 なお、映画館は、いわゆるオタクたちでいっぱい、というわけではありませんでした。普通の人が普通に観にきていたと思います。あずにゃ〜ん!とか野太い声で叫んでいる人はいませんでしたので、ご安心ください。

観たい映画リスト 第2版

 今日は観たい映画リストの第2版です。

いのちの食べかた
28週後

サッチャーリズムとイギリス映画
リヴァプールからの手紙:イギリスにおける南北格差
マイ・ビューティフル・ランドレット:サッチャーリズムによる自助努力の成果
ラスト・オブ・イングランド:フォークランド紛争の暗闇
コックと泥棒、その妻と愛人:姦通、報復、復讐
ストーミー・マンディ:イギリスとアメリカの経済的関係
シャロウ・グレイブ:個人主義のブラックユーモア
バタフライ・キス:社会から見放された個人
ヴァージン・フライト:孤独の先にあるコミュニティ
トゥエンティフォー・セブン:コミュニティーの再生
マイ・ネーム・イズ・ジョー:分断されたコミュニティの中で黙々と生きる人々

ビリー・ワイルダー
サンセット大通り:1950年
麗しのサブリナ:1954年
七年目の浮気:1955年
昼下がりの情事:1957年
お熱いのがお好き:1959年
アパートの鍵貸します:1960年

2009年3月8日追加
ワルキューレ:ヒトラー暗殺映画。
THIS IS ENGLAND:1983年の閉塞感漂う英国を舞台にした青春映画。

 2つを追加しました。

映画:ネコナデ

 今日はネコナデを見ました。

 冷酷に人員整理を進める人事部長が拾った猫とふれあうなかで人の心を取り戻していくお話でした。そうです。物語は陳腐です。したがって、映画としてはつまらない部類に入ります。実際、話は面白くなかったです。

 ですが、猫にゃんがにゃんにゃんにゃーんなの......失礼しました。捨て猫である主演のトラがもうかわいくてかわいくてたまりませんでした。2ヶ月のスコティッシュフォールドです。茶トラの女の子です。女の子ですがトラです。たまらんかわいさでした。

 雑種の大人猫、ヒラマヤンも登場します。間違えて名前をつけらています。これも女の子です。といっても、設定上は14歳くらいの猫で、人間の年齢ではおばあさんになります。どっしりぐでーんとしていて、これぞ猫!という風格でした。これはこれでウヒヒです。

 正直、映画の物語部分は飾りです。偉い人にはそれがわからんのです!......いや、さすがにそれは言い過ぎですが、トラやヒラマヤンが縦横無尽に撃ちまくる魅力ビーム攻撃に、ただただ被弾することがこの映画の正しい楽しみ方だと思います。

 他には、人事部長の奥さんである原日出子、娘である矢木初季が良い演技をしていました。この2人が家族として厳しい人事部長を温かく優しく包み込んでいます。人事部長にだっこをせがむ矢木初季がたまらんです。

 どこかに捨てられていないかなー。←も、もちろん、猫のことです。はい。

拳銃

 今日は拳銃です。

ベレッタM92:レヴィ
ガバメントM911:ロベルタ
グロック17:エダ
デザートイーグル:ヨランダ

 いつものように謎のリストです。なお、M911はガバメント・クローンで、ブラジル・インベル社製です。

 もののついでに映画と漫画も挙げておきます。

映画
 リベリオン
 チーム★アメリカ/ワールドポリス
 選挙
 アリーマリラブ? Vol.2/8.最後に愛は勝つThe man with the bag

漫画
 ヨコハマ買い出し紀行(全14巻)
 地獄の子守唄
 デビルマン
 Dr.スランプ
 めぞん一刻
 あしたのジョー
 キン肉マン
 聖闘士星矢
 マイナス(沖さやか)

 相変わらず節操がありません。

映画『4分間のピアニスト』

 今日は4分間のピアニストを鑑賞しました。

 ドイツ映画です。女子刑務所に服役する囚人と、彼女にピアノを教える音楽教師の関係を描いています。

 教師は囚人の才能を見出し、崇高な芸術性を追求するべくピアノの指導をします。しかし、囚人は教師の指導には納得できず、自分なりの音楽を求め続けます。

 二人の距離は付かず離れず、理解し合えたと思ったら、すぐに反発することを繰り返します。物語の終盤まで距離は縮まることはありません。

 話を貫く中軸となっている記号はおじぎです。音楽教師は囚人におじぎをするように言いますが、囚人は絶対にしません。おじぎは屈服を意味するからです。

 最後の山場は著名なコンクールで囚人が演奏する場面です。囚人が普通に演奏すれば最優秀賞も夢ではありません。しかし、彼女は破天荒な演奏法でシューマンを弾きました。

 教師は会場から抜け出します。ロビーでワインを何杯もあおりました。囚人の演奏にあきれたのでしょうか。それとも、酔いで何かを吹き飛ばして、囚人の音楽を素直に感じようとしたのでしょうか。

 会場に戻った教師は演奏に聞き入ります。やがて演奏が終わりました。観客からは盛大な拍手が送られました。ふと見れば教師も拍手しています。

 ピアノの前から立ち上がった囚人は会場の教師を見ました。教師は手に持ったグラスを掲げてこたえました。それを見た囚人は、みごとなおじぎを返しました。二人の音楽が共鳴した瞬間です。

 非常に美しい映画でした。いろいろなピアノ曲の演奏を楽しむことができます。これだけでも十分なくらいです。最後の破天荒な演奏も聞き入ってしまいました。

自己紹介

benyamin ♂

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